『ヘンゼルとグレープレスマン』
貧しい速記者がいました。余りにも貧しいので、子供を育てられなくなってしまいました。そんなわけで、ヘンゼルは、捨てられることになりました。貧しい速記者は、ヘンゼルを連れて、森に行きました。そこでヘンゼルは置き去りにされるのです。でも、ヘンゼルは、父のたくらみを知っていました。知っていて、捨てられにいくことにしたのです。お父さんもつらい決断をしたのだから、その手前のところで逆らわないようにしたのです。
その日がきました。お父さんに、サンドイッチを持って、森に行こうと誘われたのです。ヘンゼルは、グレーのプレスマンを持って、お父さんと森に行きました。グレーのプレスマンは珍しいです。どういうことでつくられたのかはわかりませんが、一般には流通していない色です。ヘンゼルは、このグレープレスマンを、まるで妹のように大切にしていました。
ヘンゼルは、プレスマンの芯を折りながら、道々まいて歩きました。万が一のときに、折れたプレスマンの芯をたどっていけば、もとに戻れるようにしたのです。
お父さんは、たき火をしてくれました。そうして、向こうで速記をしているから、ここで昼寝でもしていなさい、といって、そのまま帰ってきませんでした。ヘンゼルは寂しい気持ちになりましたが、本当に悪いのは貧しさですので、恨んでも仕方がないと割り切って、とりあえず寝ました。
翌朝、目を覚ましたヘンゼルは、森の中を、食べ物と雨露をしのげるところを探して歩き回りました。昼間は空振りでしたが、夕方、屋根も壁も扉も、お菓子でできている家を見つけました。ヘンゼルは、つい、壁のはがれたところを割りとって、食べました。チョコウエハースでした。ヘンゼルは、はがれていないところを割りとって、もっと食べました。もう、自分が抑えられなくなって、ばくばく食べました。食べ過ぎて、気持ち悪くなりました。
お菓子の家の中から、おばあさんが出てきました。もちろん、魔法使いです。お菓子の家は、子供をおびき寄せるためのホイホイで、おびき寄せられた子供を食べてしまおうという計略です。チョウチンアンコウ戦術です。
ヘンゼルは、魔法使いのおばあさんの家を壊して食べてしまったので、おばあさんの家で働かされることになりました。魔法使いのおばあさんは、意外なことに、食べ物は十分にくれました。ヘンゼルは、そこそこ働かされましたが、カロリーのプラスマイナスで言うと、プラスになっていて、少しずつ目方がふえていきました。もちろん、魔法使いのおばあさんが、ヘンゼルを太らせて食べるためです。比喩ではなく。
その日がやってきました。ヘンゼルが魔法使いのおばあさんに食べられる日です。もちろん、ヘンゼルは、そんなことは知りません。知りませんが、まあ、あやしみますよね。何も入っていない大鍋に、大量の湯を沸かせ、などと言われたら。何をゆでるのかなと考えますよね。
ヘンゼルは、賢い子だったので、魔法使いのおばあさんのたくらみに気がつきました。でも、気がついていないふりをしなければなりません。ヘンゼルは、まず、たきぎをばかみたいに燃やして、部屋の温度を上げました。確認です。湯気とは何でしょう。水蒸気が冷やされて、空気中で凝結したものです。ということは、水蒸気が冷やされなければ、湯気は出ません。ヘンゼルは、部屋の気温を上げて、湯気が出ないようにしたのです。一方、お湯が沸騰しないようにしました。沸騰しなければ、湯気は出にくくなります。
魔法使いのおばあさんは、あやしみました。かなりの量のたきぎを使ったのに、まだお湯が沸かないのです。まあ、結構な大きさの大鍋ですから、そんな簡単に沸かないのも道理と言えば道理ですが。ヘンゼルや、まだお湯が沸かないのかい、ふたを開けてよく見てごらん。ええい、まどろっこしい、お前は何か、おかしなことをしているのではないかい。お貸し、あたしが見るよ。
魔法使いのおばあさんは、みずから大鍋のふたを開けて、お湯を見ました。確かに、まだ沸いていないようです。魔法使いのおばあさんは、魔法でたきぎを呼び寄せ、それはもう、ばかみたいにくべました。すると、室温が上がったので、湯気はそれほどでもありませんでしたが、お湯はぐらぐらと沸きました。ヘンゼルや、湯が沸いたよ、鍋を見ておくれ。
言われたヘンゼルは、鍋に近づくまでもなく、湯が沸いていることがわかりました。だから、おばあさんのお尻を、ほんのちょっと蹴りました。あとは、御想像のとおりです。もちろん、ヘンゼルは、魔法使いのおばあさん鍋を食べる趣味はありませんので、ありったけのたきぎをくべて、家に戻りました。折れたプレスマンの芯をたどって。
家に戻ると、お父さんが迎えてくれました。泣きながら謝ってくれました。いろいろ事情があったようです。ヘンゼルは、妹のように大切にしていたグレープレスマンと一緒に、幸せに暮らしましたとさ。
教訓:プレスマンを妹のようにって、どういう意味なのでしょう。