2.サシチョウ
冒険者ギルドにて、バアルの前に薄く目を開いた糸目で身長の高い男性が話しかけていた。
「バアル様、準備が整いましたのでご報告に上がりました。」
「サシチョウか、時間をかけ過ぎじゃないのか?」
「申し訳ありません、ですが理由が御座いまして……」
「奴か……」
「もう察しておられましたか、実は蠅叩きを持った男に飛ばした蠅達が叩き落とされてしまい全滅させられてしまいました。」
バアルの脳裏にキールの姿が浮かび、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「クククク……」
「バアル様……?」
「まあいい、そう簡単に国が支配できてはつまらんからな。」
「と、言いますと?」
「分からんか? 敵対勢力あってこそ世界征服が捗ると言うものだ、共に冒険者活動をしてきたが奴の警戒心は底知れないものだったからな。 蠅ならまた増やせばいい、既に奴以外の人間全てに“卵”は植え付けているのだろう?」
「勿論ですとも、明日になれば卵が孵り血肉を這いずり脳へと辿り着くことでバアル様を崇拝する信者へと変わりましょう。」
その夜、キールはサラを連れ国から離れた小屋へと入りまじまじと見つめる。
「ちょっとキール!? なんなの、いきなりこんな所に連れて来て……」
「ミランダ、どう思う?」
「正直に言うと寄生されてるわね。」
「え? ええ!? 寄生って何に?」
「こいつだな、俺が昼間に叩き落としていた“サシチョウバエ”にだな。 こいつは人間の皮膚に卵を産み付け脳まで這い上がり寄生する蠅だ、悪いが叩くぞ? ミランダ!」
「はーい、キール様♡」
「え、ちょっ……!?」
サラの肩に蠅叩きに変わったミランダを持ち叩くと全身からシューと煙が上がりサシチョウバエの卵が消滅する。
「ミランダ、蠅の気配はどうだ?」
「消えたわ、流石キール様ね。」
「さて、まさかこのタイミングで行動を起こすとはな。」
「ねえキール、さっきから何の話しをしているの?」
「ああ、“蠅の王”て知ってるか?」
「蠅の王?」
「その昔、一人を除き全ての人間を操り“信仰の力”で最強となった神だったが蠅叩きを持った一人の人間に敗れ力を失った……筈だったが今何故か復活している。」
「その蠅の王って、まさか!!」
「バアルだ、蠅みたいな名前しているから冒険者としてパーティーを組んだが全くボロを出さないどころか蠅と認識する事も出来なかった。」
「そうなんだ……」
「ま、奴らの操る蠅の大半は潰したし地道に世界廻って叩いて行けば元に戻せるし脅威と言う程でも無いがな。」
「これから、どうするの?」
「そんなの決まってるじゃない、叩くのよ一人残らずべしペシってね♡」
「今日は体力を回復させないとな、もう寝よう。」
俺は壁を背にもたれかかり目を瞑り睡眠を摂ることにし、朝になるとカナン王国へと向かった。
「さて、どうだミランダ?」
「国全体に蠅の気配が充満してるね、一人ずつ叩くと骨が折れそうね。」
「大変そうね、私にも何か出来ること無い?」
「問題無い、地面を叩いて振動による波紋でカナン王国内の人間全てを叩いたことにする。」
「ええ!? ちょっと、それ思い切り叩きつけるってこと!!」
「せいっ!!」
蠅叩きのミランダを振り上げ、思い切り地面に叩きつけるとパァンと大きな音が鳴り響きそこらを歩いている人達が頭を抱え暫くすると地面に倒れ伏せる。
「だ、大丈夫なの!?」
「息はあるな、大丈夫だ……後はバアルを倒せばいいだけだな。」
「城に向かうわよ、そこだけしか蠅の気配を感じなくなったしね♡」
「私は待ってた方が良さそう?」
「いや、貴重な戦力だ。 相手が一体だけとは限らんからな。」
「分かった、槍持ってるからなんとかなるとは思うけどあまり期待はしないでね?」
城へ向かうと門兵が二人倒れており、視線を一瞬向けるが城内へと入って行くとヴヴヴヴと羽音が聴こえ、その方向へと目を向けると玉座に座る国王の周りに蠅が飛び交い、ゆっくりと立ちあがると巨大な斧を振り上げ、振り下ろしてくると斬撃がこちらに向かい飛んでくる。
「キール! 危ない!!」
「ふん!」
真っ直ぐに飛んできた斬撃を蠅叩きで横薙ぎに振り払うと壁に斬撃がぶつかり瓦礫が落ちる。
「ぐうぅ……うおおお!!」
カナン王の周囲には五匹程の蠅が飛び交っているのを視認すると一気に近付き振り回される斧を躱しながら二匹三匹とはたき落としていく。
「振り回すだけしか攻撃手段が無いのか?」
「あと二匹だね、……!? キール様!! 後方に蠅の気配が!!」
「!?」
「そこまでですよ!」
カナン王から飛び退き斧を躱すと後ろから聴こえてきた声に反応し振り向くと薄く目を開いた糸目で不気味な笑みを浮かべた男性がサラの首に左腕を回し右手に持ったナイフを突き付けていた。
「キール! 私の事はいいから!!」
「煩いですよ、まあ構いませんがね。」
「ごめんキール様、気付かなかった!!」
カナン王の動きも止まりサラを人質に取ったことでサシチョウが有利となり、俺は相手の動きを観察する。
「キールと言うのですか、さあ武器を捨てなさい。 この女がどうなってもよいのですか?」
俺は言われた通り蠅叩きのミランダを後方へと放り投げ、サシチョウの行動に目を向ける。
「キール!!」
「いやに素直ですね? まあ貴方は我々にとって邪魔な存在でしかありませんが最後くらいは良いものを見せてあげましょうか。」
「いいもの?」
「くく、貴方も男なら好きでしょう? こういうの?」
「!?」
サシチョウは持っていたナイフをしまうとサラの服を掴むと一気に力任せにビリビリと引き裂く。
「いやああああああああ!!」
「何のマネだ?」
「何って視聴者サービスと言う奴ですよ、ほらこんなシチュエーションが大好きな方達が居るでしょう?」
「…………」
「さあて、下着も邪魔でしょう? そんなに急かさなくても見せて差し上げますよ、死ぬ前に女の裸が見れて良かったですね?」
サシチョウは再びナイフを取り出すとサラのブラジャーの中央をナイフで斬り、その大きな胸部が顕になると次にパンツの片側の布を斬り、もう反対側の方の布地を斬ることで素っ裸にした。
「うぅ……キール……」
「おお、なんて素晴らしい身体付きでしょうか! バアル様が欲しがるのも無理はありませんね!! どうです? 触るくらいなら許して差し上げますよ?」
「では、そうさせてもらおうか。」
「キール……」
俺はサラを人質にとり勝ちを確信しているサシチョウに近付きサラに軽く触れるとサシチョウはその瞬間に白目を剥き後方へと倒れ伏せる。
「え、何!? 何が起きたの!?」
「ミランダ!!」
「はいはーい! 流石キール様!! まさかの“女の武器”を本当の意味で武器にして糸目不気味蠅を即死させるなんてね♡」
「御託はいい、あと二匹撃ち落とす!!」
俺はサシチョウを倒し即座にミランダの落ちていた所へと向かい拾い上げて飛び交っている残り二匹の蠅を叩き落とすとカナン王は膝から崩れ落ち倒れる。
「やった! 勝ったわ!! キールに人質なんてとった所で勝てるわけ無いじゃないバーカ!!」
カナン王を蠅から解放しサシチョウを倒した俺は城から服を拝借しサラに着せるとカナン王が気が付くまで待つ事にした。