前世で私を殺した騎士が、話を聞いてくれと迫ってきます〜愛が重すぎるのですが!?〜
この国には有名なお伽噺がある。
『闇の魔女が世界を悪に染めようとした時、光の騎士が魔女を殺して世界を守った』と、いうもの。
けど、実際は――――――
私は息も切れ切れに王城の舞踏会から逃げ出していた。
「な、なんで、あいつがここにいるのよ!」
「シャンディ! 待ってください!」
「あー、もう! しつこい!」
侯爵令嬢として生まれた私には前世の記憶があった。
前世は強大な魔力を持つ魔女。様々な魔法を使い、寿命も長い。けど、不死ではない。それでも、普通の人から見れば、それは畏怖の対象であり……
幾度となく行われた魔女狩り。ついに、私は最後の魔女となり、世間から隠れるようにひっそりと森の奥で暮らしていた。
でも、そんな生活も数百年ほどして崩れた。突如、現れた騎士によって。
道に迷ったというので、一晩だけ泊めて町までの道を教えた。すると、その騎士は人懐っこい笑顔で私のところへ通うように。
たぶん、人恋しくなっていたのであろう私は、迷惑顔をしながらも騎士の来訪を楽しみにするようになっていた。
ある日は特製のお茶を淹れて待ち、ある日は騎士が好きだと言ったベリーパイを焼いて待ち。
初めての感情に戸惑いながらも、とめられず。私がこの気持ちが恋であったと知ったのは、死の直前だった。
「私を殺すために……私を油断させるために、近づいたのね……」
死の間際の呟きに顔を歪める騎士。私は胸に刺さった剣を見つめながら最期の願いを口にした。
「次に生まれ変わる時は、平凡な……普通の人に……」
こうして、私の魔女としての人生は終わった。
なのに!
「侯爵令嬢なんて平凡と程遠い! 魔力はないけど、前世の知識があるから、普通の人でもない!」
私はドレスの裾を持ち上げたまま死に物狂いで足を動かした。こんなに走ったのは前世でも今世でも初めて。
だって、逃げないと捕まってしまう。後ろから迫ってくる……
少しだけ振り返れば、燃えるような赤い髪を振り乱した青年。鋭い眼光で私を睨みながら追いかけてくる。
その琥珀の瞳は嫌でも前世を思い出す。
「シャンディ! 話を! 話を聞いてください!」
「私はシャンディという名ではありません!」
そう。今世の私はシャル・リィ・ディーナ。
今日が社交界デビューの日。ここで貴族としての交流を広げ、将来の伴侶を見つける予定だったのに。
「なんで、私を殺した騎士の生まれ変わりがいるのよ!」
煌びやかなホールに入った瞬間、琥珀の瞳と目が合った。
燃えるような赤い髪に襟足だけ長く伸びた独特な髪型。真っ直ぐな鼻筋に薄い唇。眉目秀麗な顔立ちに、太い首。胸板も厚く、背も高い、立派な美丈夫。
目を引く外見だけあって淑女が囲んでいた。私も何も知らなければ、覚えていなければ、その中に入っていたかもしれない。
でも、魔女だった直感が働いた。こいつは前世で私を殺した騎士の生まれ変わりだと。
気がつけば私の体は踵を返して全力疾走していた。少しでも早くその場から離れるために。
けど、そんな私にいち早く気がついた青年が追ってきて。
「シャンディ! 待ってください!」
私の前世の名を呼んだ。
「確定じゃない!」
もしかしたら私の勘違いかも、という淡い期待は見事に砕かれた。
日が落ちた暮れの庭。薄暗く闇に染まる木々の間に身を隠そうとして、手を掴まれた。
「待ってください!」
「放しっ! 放して!」
息が上がりすぎて言葉もロクに紡げない。手を振り払おうと必死にもがくけど、握られた手はますます力が強くなり……
「痛っ!」
「すみません!」
青年がハッとしたように力を緩めた。手は放さなかったけど。
「シャンディ。話を……話を聞いてもらえませんか?」
「ですから、私はシャンディではありません」
こうなったら他人のフリ。知らぬ存ぜぬを通すしかない。
息を整える私に青年が眉をひそめる。
「なら、なぜ逃げたのです?」
「そのような形相で迫られたら、誰だって逃げ出すと思いますわ」
私は掴まれていない手で扇子を広げると、シャルの仮面を被った。
侯爵令嬢として生まれ育ったシャル。立派な英才教育のおかげで、そこら辺の王侯貴族にも負けない振る舞いが身についた。
「シャンディ……?」
青年が一瞬、戸惑いの表情になったが、すぐに笑顔になった。それはまるで私と同じ仮面のような笑みで。
「これは失礼いたしました。あなたが知り合いに似ておりましたので、つい」
(知り合い……友人でもなく、知り合い……そうよね。殺した相手なんて、その程度)
想像以上に胸が痛んだことにショックを受けながらも私は扇子の下で微笑んだ。
「人違いと分かりましたなら、放していただけません?」
「そう焦らずに。人違いも何かの縁。少し話を聞いていただけませんか?」
早くここから立ち去りたい。でも、目の前の青年は話を聞くまで解放してくれる様子はない。
私は淑女にあるまじき態度で大きくため息を吐いた。
「わかりました。ですが、話を聞いたら手を放してください」
「はい」
青年がホッとしたように表情を崩す。その顔に思わず胸が跳ねた。
(ダメよ。この人たらしの笑顔に前世では騙されて殺されたんだから)
いざ話をとなると青年が躊躇うように口ごもる。
「あの……立ち話も疲れますので、場所を移しませんか?」
「いえ、ここで聞きます。移動するのなら帰ります」
(これ以上の譲歩なんてしてやるか)
私の強い意思を感じたのか青年が言いづらそうに話を始めた。
「えっと、その……面白くない話なのですが……」
「私も暇ではありませんの。さっさと話してくださる?」
扇子の下からジロリと睨めば青年の肩がビクリと動く。
さっきまでの勢いはどこにいったのやら。
私がやれやれと目を伏せると、青年が勢いよく土下座した。私の手を握ったまま。
「シャンディ! あなたを殺して申し訳ありませんでした!」
まさか、堂々と謝ってくるとは思わなかった。
でも、ここで私がシャンディの生まれ変わりであると認めるわけにはいかない。
「その言葉通りに受け取るなら、謝って済むことではないと思いますが。そもそも、私を殺したと言うなら、ここにいる私は幽霊か何かかしら?」
「あの、これは、生まれ変わる前の話でして……」
この青年は私がシャンディであることを全く疑っていない。そのため、ここで知らぬ存ぜぬを貫いていたら話が進まないだけ。
仕方なく私は追求するのをやめた。
「時間が勿体ないので、細かい話はやめましょう。で、何か理由がありましたの?」
「え?」
青年が間抜けな声とともに顔をあげる。
「そのシャンディという人を殺した理由です。こうして謝るのは、殺さなければならない理由があったからではありませんの?」
私の問いに青年が俯く。微かに体を震わせながらも、私を握る手に力が入る。
「本当に……申し訳ありませんでした。私が軽率な行動をしたばかりに……」
「謝ってばかりでは分からないわ」
「国が……王が魔女を利用しようと……兵を動かしておりまして」
「魔女狩りをしようとしたのね」
どれだけ狩っても終わらない。最後の一人まで狩り尽くそうとするなんて。なんて身勝手な人たち。
「いえ、違います」
「え?」
首を傾げる私に青年が顔をあげた。
「王はあなたを娶ろうとしました。側室として」
「側室ぅぅぅぅう!?」
予想外すぎる! 何がどうして、そうなったのか!?
驚く私を置いて青年が悔しそうに説明をする。
「王は畏怖の対象である魔女の力を利用して、政権と国を動かそうと企みました。そして、私が魔女の下へ通っているという情報を聞きつけ……」
「兵を私のところへ案内したのね」
「あ、いえ。兵は殲滅しました」
当然のように話す青年。そういえば、最期に私のところに来た時の騎士は血だらけだった。それは……
「一個中隊でしたので、少々骨が折れましたが」
ケロッと会話を進める青年。
「ちょ、ちょっと待って!? 一個中隊って兵士が二百人ぐらいでしょ!? なんで、魔女一人にそんな大量の兵が!?」
「私が魔女は渡さないと王に宣言しましたら、おまえを黙らせるにはそれぐらい必要だろうって」
「え?」
青年が困ったように笑う。
「まさか一個中隊がたった一人の騎士に殲滅されたとなっては、軍の面目丸つぶれですからね。そのため、お伽噺では『魔女が中隊を殲滅させて、それに怒った騎士が魔女を倒した』と改変されて伝わっております。ただ、実際は『降伏しなければ一個大隊で魔女の家ごと取り囲む』と言われまして。さすがに私でも大隊を殲滅させるのは無理だったので」
嫌な予感とともに私はつい訊ねていた。
「無理だったから、どうしたの?」
青年が良い笑顔で堂々と言った。
「シャンディを殺して、自分も死にま……」
私は最後まで聞かずに土下座中の青年を踏みつけた。
「おまえが悪いわ!」
ヒールが青年の頭に刺さるけど気にしない。
「一個中隊なんて殲滅させたら、次は大隊が出てくるなんて分かることでしょ! そもそも、なんで王に喧嘩を売ってるのよ! 私なんてほっとけばいいのに! 別に王の側室になろうが、どうなろうが、関係ないでしょ!」
一気に叫んだ私は足を青年から下ろした。
「……それか、一緒に逃げてくれれば。それで良かったのに」
ポツリと落ちた声。別に隠れていた森に執着があったわけではない。
「……一緒にいてくれる人がいれば、私はどこでもよかった」
ここまで呟いて私は我に返った。すべてを無かったことにするように大きな音をたてて扇子を閉じる。
「そ、それで話はすべて? では、私はここで失礼いたしますわ!」
かなり苦しいけど、私はシャルの顔に戻って踵を返した。てっきり止められると思っていたけど、私を握っていた手がスルリと離れ……
「え?」
逆に振り返ってしまった。すると、そこには大きな影が。
「えぇっ!?」
逃げる間もなく温もりに包まれる。
「すみません……まさか、一緒に逃げてくれるなんて思っていなくて。ただ、一方的に自分の片思いだと……だから、あなたを殺して永遠に自分だけのモノにしようと……」
逞しい腕が私を苦しいほど抱きしめた。顔の横を真っ赤な髪が流れ落ちる。
私はこの色が好きだった。夜を誘う太陽と同じ色で、温もりをくれる火と同じ色で。そして……
顔をあげると青年が私を見下ろしていた。暗闇を照らす満月のような琥珀の瞳。
いつからか日常の中でも、あなたの存在を探すようになっていた。
青年が私の髪を手にとる。黄金のように輝く髪は昔から苦手だった。どんなに隠れようと、あなたが見つけてしまうから。
「どうか、今世を共に生きる許しをいただけませんか?」
必死に、でも今にも泣き出しそうな顔で。もし、私が断ったらどうなるのか。
私は諦めたように肩を落とした。
「そんな顔で言われたら、許すしかないじゃない」
青年が破顔する。ないはずの犬耳と尻尾が激しく揺れる幻影が見えるほどの勢いで。
「ありがとうございます!」
再び私を強く抱きしめた。
「ちょ、苦しい! 苦しいから!」
「すみません!」
少しだけ緩んだ腕。でも、解放はしてもらえそうにない。
不満をこめて青年を睨めば、とろけそうな顔で私を見つめていて……
(悔しいけど、カッコいい!)
言いたかった文句が引っ込んでいく。
青年に転がされているようで癪になった私は、どうにか文句を捻りだした。
「今度は殺さないでよ。何かあったら一緒に逃げるように」
私の注文に青年が大きく頷く。
「はい、今度は大丈夫です。私が王になるので」
とんでも発言に私は自分の耳がおかしくなったのかと思った。
念のためにもう一度聞き返す。
「……今、何て言ったの?」
青年が不思議そうに首を傾げて、ゆっくりと言った。
「今度は大丈夫です」
「違う! その次!」
急かす私に青年が頷いた。
「私が王になるので」
聞き間違いじゃなかった!
「ど、どういうこと!?」
パニックになる私に、青年が当然のように説明する。
「この国、一番の立場になればあなたを守れますから」
ここで青年がフッと一息吐いた。
「死ぬ前に願ったんです。次に生まれ変わる時は王になって、あなたを娶れるように、と。今の私は、この国の王太子です」
言葉が出ない私は口をパクパクさせた。
(まさか、私が侯爵令嬢なのは王家と婚姻関係が結べる家柄だから? 魔力はないけど前世の記憶があるのは、まさか……)
そっと視線をあげると、そこには満面の笑みがあって。
「すべての願いが叶いました」
「魔女の願いを超えるって、どんだけ強く願ったのよ!?」
私の声が夜の庭に響いた。
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はげみになります!‹‹\(´ω` ๑ )/››‹‹\( ๑´)/›› ‹‹\( ๑´ω`)/››~♪
好評でしたので中編ぐらいで連載しようと思います。
書く時間がとれたら書き始めますので、お待ちいただけると嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました❀.(*´▽`*)❀.