『宇宙戦争』のパロディ
ネットラジオを聴いていた。
小さな事務所が運営していて、ビジネスとして成立させるつもりがあるのかないのかよく分からないような微妙な番組だ。恐らく利益はほとんど出ていなくて、収益のほとんどは運営費に消えているのじゃないかと思う。
ただ、だからこその必死感のない良い意味での気の抜けた雰囲気が魅力で、僕はそこが気に入っていた。
今日はラジオのパーソナリティがてきとーに街を散策していて、何かが目に入るとそれに思い付きのコメントをするという極めてお手軽な内容の企画を放送していた。
「こーんな企画じゃ、何にも起こらないって思うかもしれないけど、もしかしたら、世の中がひっくり返るような何かが待っているかもしれないからお願いだから聴いてね。
何もない日常がただただ続くなんて、本当はかなり特異な事なんだからさ。ロシアがウクライナに侵攻したり、日銀が破綻したり。当たり前の日常なんて簡単にぶっ壊れるものなんだよ」
なんておどけて言っている。
“そんな事があるはずがないじゃないか”と、それを聞いて僕は笑った。ただ、普通の街を歩ているだけなのだから。
客がほとんど入らなそうな個人経営の汚い居酒屋を茶化し、恐らくはトルコ出身者だろう人がやっているケバブ屋を「500円は安い。がんばっている」と褒め、個性的なファッションの若者を軽く弄る……
しばらく歩いて“そろそろネタがなくなり始めたかな?”という辺りで、ラジオのパーソナリティは素っ頓狂な声を上げた。
「なんだありゃ? 空になんか飛んでいるぞ?」
他の人の声は聞こえなかったけど、「ほら、あそこだって!」と声がして、何かを指で指し示している場面が想像できた、そして次に、
「おいおい! こっちに来るぞ! UFOだ!」
などと声が入る。
そして、そこにいかにもクラシックなミョンミョンミョンという擬音が似合いそうな効果音が混ざった。
“なんだなんだ?”
と、初め僕は少し焦って困惑していたのだけど、パーソナリティが「宇宙人だ!」と声を上げる段になって全てを察して爆笑してしまった。
これは恐らくは、オーソン・ウェルズによるラジオ番組『宇宙戦争』のパロディだろう。きっと、「もしかしたら、世の中がひっくり返るような何かが待っているかもしれない」って台詞はこれの前振りだったのだ。
1938年10月30日、アメリカのラジオ番組内で、火星人が地球に来襲したという放送が流れた。
もちろん、これはフィクションだったのだけど、その放送を多くのアメリカ人は本気にし、アメリカ国内にパニックを引き起こしたとされる。もっともこれは後のメディアによる誇張であるとも言われているのだけど。
ビームの音に爆発音。
ラジオのパーソナリティは鬼気迫る口調で言う。
「逃げろ! あいつら、とんでもない兵器を持っていやがるぞ! 警察に…… 否、自衛隊に連絡しろ!」
なかなか演技が巧いじゃないか。
僕はその粋な展開をにやにやしながら聞いていた。SNSを眺めてみると、同じ様に「宇宙人が攻めて来た! 早く逃げろ!」といったコメントをしている人がたくさんいた。
きっと、この悪ふざけに付き合っているんだろう。あまり人気のない番組だと思っていたのだけど、それなりに視聴者はいたのかもしれない。
そこでベランダの方から物音が聞こえた。
なんだろう?と目をやって僕は戦慄した。
……宇宙人?
そこには頭からたくさんの触手を生やした頭足類のような形状の信じられない生き物がいたのだ。
手にはオモチャの光線銃のようなものを持っている。
「なっ」と僕が口を開く前に、そのオモチャの光線銃は光を放っていた。座っていた僕の右の足に光は命中をし、膝から下がぶっ飛んだ。何故か痛みはなかった。血が出ている。
あまりのことに茫然としてしまう。
その僕の様に、『ウキュキュキュ、ウキュキュ』と、宇宙人は楽しそうに笑っていた。
「早く逃げろ! これはフィクションじゃない!」
ラジオからはそんな声が流れていた。
僕は彼が先に言っていた言葉を思い出していた。
“何もない日常がただただ続くなんて、本当はかなり特異な事なんだからさ。ロシアがウクライナに侵攻したり、日銀が破綻したり。当たり前の日常なんて簡単にぶっ壊れるものなんだよ”
本当に世の中、何が起こるか分かりませんね……
昨日のニュースですが。




