砂漠に眠る神殿では2
軽やかに廊下を渡り、夢見る桃色の宮殿へと戻ってきたステラ王女。
トゥルーテはいつも通りその宮殿の隅々までを完璧に整え、王女のお戻りに頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ステラさま」
「聞いてちょうだいな聞いてちょうだいなトゥルーテ! キースったら、また乙女の心を宝剣で撃ち抜いたのよ!」
「殿下、剣で撃ち抜くという表現はおかしいかと」
「きゅーんとさせたのよ! あなたってば罪作りな男というやつね!」
「ステラさま……」
王女はきゃっきゃとトゥルーテに報告し、無表情のキースの腕をつんつんとつつく。淡い色合いのふわふわしたドレスもあいまってその姿は蝶がひらひらと花の間で遊んでいるような風情ではあったが、キースからすれば主ながらケツを叩いてやろうかと思う言動であった。
「きっとまた、キースあてのお手紙が増えるのではなくて? わたくしのことは気にしないで、ひと夏のあばんちゅーるを楽しんできてもよくてよ」
「今は夏ではありませんし、殿下御自ら侍従に対して不埒な言動を推奨しないでいただきたい。オヤツ抜きますよ」
ワクワクした顔で王女がキースの周囲をスキップするので、王女が茶会の間は部屋で退屈を紛らわしていたツィーヤ・ンイバーヤもそれについて部屋をぺたぺた周回する。キースが睨むと灰色の化け物はゆっくりと足を止めたものの、王女は花を振り撒かんばかりに飛び跳ねていた。その跳ね具合は、テンションが上がったウサギとほぼ同じである。
「オヤツは抜かないでちょうだいな。でもキース、あなたもきっといつかは誰かと恋をするでしょう? そんなに立派な宝剣を持っているのだもの」
「殿下、一応お尋ねしますが宝剣と恋に何の関係が?」
「特別な剣を持ったすごく強い主人公は、大体すてきな女性と恋に落ちるものだわ!!」
「それは架空のお話ですよこの物語オタクが」
「す、ステラさま……」
目をきらきら輝かせている王女の背後で、ツィーヤ・ンイバーヤまでもが目をきらきらさせている。キースはそれを視界に入れないよう努めつつ、暴走している王女の額をデコピンしたい気持ちを抑え、人差し指でそっと抑えた。
「そんな瞬間は来ないでしょうが、もし来るとしても殿下が信頼に足る男を見つけ結婚したのちのことですよ」
「そんなの待ってたらおじいちゃまになっちゃうわよキース」
「望むところです」
キースがステラ王女を預けるに値する男だと認めるなんて、そんなことが起こりうるのだろうか。無理な気がする。
王女とキースのやりとりを眺めながら、トゥルーテはこっそりそう思った。実際、王女に思いを寄せる貴族を根こそぎ挫いてきた実績がある。
「あの、ステラさま」
「なあにトゥルーテ。あなたも素敵な恋をしていいのよ。もう少し宮殿を出るお仕事を増やしましょうか? 闇夜を駆ける謎の紳士との出会いがあるかもしれないわ!」
「わ、わたしは宮殿にじっとしている方が……いえそうじゃないんですステラさま」
「どうしたの?」
どうやら恋愛要素の強い冒険物語を読んだらしいステラ王女に首を振り、トゥルーテはようやく伝えたかったことを切り出した。
「あの、第五王子殿下がお越しです」
「まあ! 五のお兄さまが?」
トゥルーテが頷くと、王女はきらきらした目をさらに輝かせた。
「知らなかったわ! お手紙をいただいていたかしら?」
「いえ、突然のご訪問で……上の書斎でお待ちになると」
「いつも図書室にいらっしゃるのに、とっても珍しいわね。五のお姉さまのことかしら? さっそくご挨拶しなくちゃ! トゥルーテ、薄めのお茶を淹れてちょうだいな!」
「はい、ステラさま」
どうやら興味が逸れたようだ。
うきうきと階段を登り始めた王女に、キースはホッとする。第五王子に感謝したいが、急な訪問は気になる。キースは様々な可能性を考えつつ、王女の後に続いた。