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南方フェトイの丘では37

 第七王女投獄事件が即時解決してから数日後。


「ではお姉さま、わたくしたちは先に帰りますね」

「ええ。わたくしはもう少しみっちりと調べるわ」

「みっちりと……」

「みっちりとよ。フェトイはいわば商業の要塞。きちんと整えねば、民の望む自由な商業は戻らないわ」

「さすがはお姉さま! すてき!!」


 姉姫であるブルーローズ王女は、半月ほど地下牢で過ごしていたとは思えないほどに健康な心身で引き続き調査を続けることにした。物怖じしないブルーローズ王女は子爵邸の使用人全員と話し、さらに商人たちも呼び、ツィーヤ・ンイバーヤに餌付けをし、王太子の騎士に警備を命ずるなど、おっとりとした見た目からは予想できないテキパキとした行動で既にフェトイの街を掌握し始めていた。


「お姉さま、本当にわたくしだけ帰ってもいいのかしら? わたくしにも何かお手伝いできることがあるなら頑張るわ!」

「ステラローズ、あなたの来訪はわたくしを助け、フェトイ復興の礎となるでしょう。けれど、あなたはもう王都に帰ってちょうだいな。実務に関してはさっぱりだし、あなたはわたくしと顔が似ているから、商人たちを混乱させたくないもの」

「確かにそうだわ!! お姉さまの優美で明晰な頭脳と、わたくしの勇敢なる姿勢が混同されては困るものね!!」

「ステラローズ、あなたのその元気なところ、わたくしたち兄妹はとっても気に入っていてよ」


 平たくいうと邪魔者扱いされたので、ステラ王女たちは帰路に就くことになった。騎士も侍従もメイドも連れ歩かない第五王女の身辺警備については、ゴルドンらが王太子の騎士たちに引き継ぎ終えている。子爵邸の使用人たちは、不要な罰は与えないと約束した王女姉妹に深く感謝し、最後まで丁寧にもてなした。


「殿下、本当によろしかったのですか? ご希望であれば近場に滞在してもかまいませんが」

「わたくしの使命は終えたのよ。ここに止まる理由などないわ」

「パンを抱えて下郎と喋るだけの簡単なご使命、完遂見事でございましたね」

「わたくしはツィーヤ・ンイバーヤと一緒にお姉さまの脱獄も手伝ったわよ!」


 ステラ王女は慇懃無礼な侍従にむきっと怒ったものの、すぐにイタズラっぽく笑った。片頬にだけ浮かんだえくぼは距離を置いて控えていたシロビの胸に刺さった。


「キースあなた、そんなこと言っているとわたくしがユージフ産の干しナツメを食べてしまうわよ! トゥルーテがたくさん買っておいてくれたんだから!」

「それは悲しいですが、殿下はあのお味をあまり好んでいないのでは?」

「そうなのよね。ちょっと苦味が強いわ。やっぱりキースが好きなだけ食べてちょうだいな。一番頑張ったのはお姉さまとキース、あなただもの」


 にっこり微笑んだステラ王女に、キースも表情を緩める。それから「それにわたくしにはあれがあるし……」と続けた王女の視線の先には、バスケットに入れられたかちかちパンがあった。滞在中、王女はかちかちパンに果敢に挑み、薄いサンドイッチならば食べられるようになった。出発する王女のために焼きたてかちかちパンを手配したのはキースだということは、王女も当然察している。


「トゥルーテやゴルドン隊長、アンドレアス、シロビにもなにかねぎらいのものを贈らなくてはね。何か欲しいものはないかしら?」

「と、とんでもありませんステラさま!」

「あら、トゥルーテもしっかり情報収集してくれていたでしょう? 子爵邸の使用人の情報、お姉さまが喜んでいたわ」

「私は上等な酒を一杯奢っていただければこれ以上のない誉れですなあ」

「まあ、ゴルドン隊長はお酒が好きなのね!」


 ころころと笑いながらお供をいたわる王女に、シロビひとりだけが硬い顔をしている。思い詰めたように視線を落としているその姿に、王女は視線を向けて待った。アンドレアスに肘でつつかれて、シロビは大きく息を吸ってから口を開く。


「殿下、私は真犯人を逃してしまいました。この失態の責任は負います」


 フェトイで起こったことの全貌が明らかになるにつれ、シロビは己の不甲斐なさをより強く感じることとなった。王女に不敬を働いただけでなく、街を巻き込んだ横領を働いた人物を取り逃してしまったのだ。

 刺し違えてでも身柄を押さえるべきだった、とシロビが膝をついて深く頭を下げる。すると王女は、またころころと笑った。


「あらシロビったら、まだそれを気にしていたのね」

「私は騎士の位を剥奪されても……」

「まあ! そんなことをしたらわたくし、もっと困るわ! そうよねゴルドン隊長」

「そうですね。こいつを推薦した私も困ってしまいますなあ」


 ゴルドン隊長はおどけて王女に同意し、膝をつくシロビの首根っこを掴んで立たせた。


「失敗したのなら、次がないようにもっといい騎士になってちょうだいな。アンドレアスだって、昔は宮殿の大壺をうっかり割っていたけれど、今は落としそうになったお皿さえきちんと受け止めてくれるもの。そうよねアンドレアス?」

「……殿下、そうです。が、それは後輩には内緒にしていただきたく……」

「慣れないことは、慣れていくのが失敗しないためのコツよ」


 とばっちりでアンドレアスを小さくさせつつも、王女は優しく騎士を諭した。


「街を巻き込む横領をするような大胆な人間なら、またどこかで何か企むわ。シロビ、わたくしがその真実を暴くとき、いずれあなたはまたあのおくちさがない方と対峙することになるのよ」

「……その時は、逃しません」

「よろしくね」


 シロビは真っ直ぐに王女を見て、そして力強く頷いた。

 新人騎士に強い信念が生まれたそばで、侍従がツッコミを入れる。


「いや殿下、殿下はまた探偵ごっこでもなさるつもりなんですか」

「わたくしは旅人。旅人は旅をするうちに様々な問題を解決してしまうものよ」


 こうしてステラ王女は、フェトイから王都へと凱旋を遂げたのだった。






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