南方フェトイの丘では36
「やっぱりあのおくちさがない男性が黒幕なのね! 彼に子爵も商団も脅されていたから、商品の横領が止められず、そして、それが問題として見つかるのが遅くなってしまったのだわ!」
言葉で表すと単純だが、犯罪の規模としては大きく、そして大胆だ。貴族でもない人間がそれほどの力を持った経緯も不明な上に、犯人はまだ捕まっていない。
キースやゴルドンたちは、話を聞きながら犯人を探す手配と王都への報告について頭をフル回転させていた。子爵邸の使用人たちは第五王女が真実を知っていることに驚愕し、そして諦めたように呆然としている。
そんな中、ステラ王女は目をキラキラと輝かせていた。
「さすがだわ、お姉さま! 地下牢に閉じ込められるまでに、そこまで謎を解き明かしてしまうなんて! まるで探偵みたい!」
「あら、お褒めの言葉は嬉しいけれど、わたくし、そこまで頭の回転は早くないの」
妹姫の言葉に、ブルーローズ王女はおっとりと首を横に振った。
ステラ王女は不思議そうに首を傾げたので、ブルーローズ王女は微笑む。
「言ったでしょう? わたくしは子爵に圧力をかけにいったの。カマをかけてみたとも言うわね」
「ではお姉さまは、その時点では子爵の関与については疑いだけだったの? なら、本当のことを知ったのは? お姉さまはあの牢で閉じ込められていたんでしょう?」
「ええ、そうよステラローズ。わたくしは牢の中で真実を知ったの」
ツィーヤ・ンイバーヤが静かに椅子を動かし、ぺたと床に降りた。細長いテーブルをぺたぺたと回り込み、ステラ王女の近くに来る。その化け物の存在を教えられていた子爵邸の使用人たちは、断罪が起こるのではないかと体を震わせたが、王女はそれらしき言葉を口にはしない。代わりに侍従キースがテーブルに置かれていたかちかちパンを床に置くと、ツィーヤ・ンイバーヤはヒュゴッと音が鳴るほど強い吸引力でそれを吸い込んだ。食べたかったらしい。ただ、満足したツィーヤ・ンイバーヤはじっとしているのに飽きたのか、ぺたぺたと食堂の間を歩き回り始めたので、使用人たちは逃げることもできずに震えてその姿が自分の前を通り過ぎるのを祈っていた。
宮殿をぺたぺた歩く姿に慣れてしまっているステラ王女はツィーヤ・ンイバーヤを気にすることなく、姉姫の言葉を聞いている。
「牢の中で?」
「そう。わたくしが牢に入ってしばらくすると、子爵も隣にいらっしゃったわ。わたくしが来たことによって子爵は動揺していたから、野放しにすると何かヘマをするかもしれないとあの男が思ったのかもしれないわね」
「子爵なら事情を知っているものね。お姉さまに尋ねられて、全てを話したのなら納得できるわ。お姉さまはとっても聞き上手だもの」
ステラ王女はニコニコと頷いた。春風のように優しい声音を持つブルーローズ王女は、優しく微笑みながらおっとりと話す。しかし実際、ブルーローズ王女の最も優れているのはその観察眼であった。相手の状況を冷静に観察し、違和感を見つけ、そして隙があればそこに優しい声を注ぎ込む。彼女に対して、自身が知っていることを隠し通せるものは少なかった。
ステラ王女も幼い頃からイタズラをしては、ブルーローズ王女に自供をさせられ、さらに反省の証として行う善行についても自ら提案させられていた。やんわりと微笑む無害な人形のような見た目をしていながら、どちらかというと人形を操っているのが第五王女である。
「でも、子爵だけの話でことを決めつけるのはよくないでしょう? だからわたくし、なるべく証言を集めたの」
「証言?」
「ええ、他にも牢に入っていた人間がいたから、全員の素性と経緯を聞いて、それから見回りに来る者からあの集団の素性についても少し。牢に入っていたのは、主に人質にされていた者たちね。言い忘れていたけれど……」
「あの屋敷については王太子殿下の騎士に引き継ぎ、全員について捕縛または保護しています」
「さすがね、わたくしの妹の侍従は」
地下牢に入っている人物のことをうっかり忘れていた第五王女は、キースの言葉ににっこりと微笑んだ。キースを褒められ、ステラ王女もにっこり笑う。ついでにツィーヤ・ンイバーヤもニィと目を細めて近くのメイドを怯えさせていた。
「後で喚問されるでしょうけれど、その参考に文書も残してあるわ。わたくしが記録したものを使えば、正確な情報かも判断できるでしょう」
「文書? でもお姉さま、あの地下牢には紙は置いてなかったわ」
「ええ、流石に外部との交流を気にしてか、紙はくれなかったわね。手紙を書くために紙とペンは持ち歩いているけれど、足りなかったの。だからね」
妹姫の言葉にブルーローズ王女はまた微笑んだ。
「持って帰ってきたわたくしのドレスをめくってちょうだいな」
「ドレス……お、お姉さま、ドレスの布地に文字を書いたの?!」
「たっぷり書けたわよ。でも、生地によって書きやすさが違ったの。これからは、もっと書きやすい材質のドレスを作らなくちゃ」
「お、お姉さま……」
キースに持ち帰らせたドレス3着と、王女が着ていた1着を合わせて調べたところ、細かい字でみっちりと文章が書かれていたことが判明した。
聞き上手で、記録魔で、そして執念深い。話を聞き出した人物から地下牢での食事にまで微に入り細を穿つ記述が綴られたそのドレスは、遠目から見ると色の濃い生地だと思うほどであった。
キースと共にそれを見たステラ王女は「……さすがだわ……」と声を漏らしたという。




