南方フェトイの丘では35
食事が終わり、お茶が配られる。
香ばしい香りのするお茶をひと口飲んだステラ王女が、ブルーローズ王女に尋ねた。
「それで、お姉さま。どうして閉じ込められることになったの? 子爵はなぜ地下牢にいたのに、ここのかたがたは病に臥せっていると誤魔化したのかしら?」
ステラ王女の言葉を聞いて、その場にいるフェトイ子爵の使用人たちは顔をこわばらせた。
王族に対する虚偽が厳しい処罰対象になるということなど、法律に詳しい者でなくてもわかる。さらに、現王直系の子であるブルーローズ王女を危険に晒したのである。これまでの歴史から考えて、騎士が乗り込んできて屋敷の全員を槍で貫くことだって考えられるほどのことだった。
しかしステラ王女は子爵邸の使用人に厳しい眼差しを向けることはなく、むしろ興味がないかのように、食事中も姉姫や侍従との会話を楽しんでいた。
「そうね。まずわたくしは、一のお兄さまのお願いでフェトイに来たの。まあ、わたくしがフェトイからの商品の流通量がおかしいと気が付いて半ば強引にお願いしたのだけれど」
おっとりと首を傾げる第五王女が話す言葉に、キースは彼女と自身の主との血の繋がりを強く感じたのだった。王族兄妹も数が多すぎると奔放なのが増えるらしい。王太子も大変である。
「それでわたくしは、こちらのお屋敷にお世話になりながら市場の調査を進めていたの。どう考えても南北の商団では横領が増えていて、そして東西の商団もそれを追求したがらない」
ブルーローズ王女は金のまつげを伏せ、カップに入れたスプーンをくるりと回した。ゆったりと流れる金の長い髪に、ほんの少し微笑みを浮かべた美しい顔。見た目だけなら、夢の妖精が幼子におとぎ話を聞かせているような光景である。しかし薔薇色の唇から紡ぎ出されるのは、ごく現実的な出来事だった。
「これは権力を持つ者が介入しているか、何かを盾に脅されているかかしら、と思ったのよね。それで子爵にちょっと圧力をかけてみたら、その晩、わたくしは連れ去られてしまったのよ」
「お、お姉さま……とっても落ち着いてらっしゃって優雅だわ……。恐ろしくはなかったの?」
「いいえ、特には。わたくしが恐れるのは、真実が隠蔽され無辜の民が不利益を被ることだもの」
恐れるものが他にあるなら、誘拐されても怖くはないものだろうか。ステラ王女は、姉姫がたったひとりでも特に心を乱すことはない安定っぷりを尊敬し、そしてちょっと引いた。
「つまりお姉さま、お姉さまの予想通り、権力者……フェトイ子爵が横領に絡んでいたのね」
「そう、でもそれだけじゃないわ。権力者の介入と脅迫、どちらも行われていたの。びっくりよね」
どう見てもびっくりしていない、おっとりした口調でブルーローズ王女は微笑んだ。事情をよく知らないものなら、その笑顔につられて自身も笑みを浮かべただろう。
しかし妹姫は「ええ?!」と目をまん丸にして驚き、ブルーローズ王女に無言のたしなめを受けた。びっくりな情報に素直にびっくりしただけのに、たしなめられるのは王女生活の理不尽なところである。
「脅迫……。それは、東西の商団に対してかしら? 騒ぎ立てると家族の命が危ない、なんて言われたら、表立って悪事を暴露できないでしょう?」
「あたりよ、わたくしのかわいいステラローズ。でも、それだけじゃないの」
「では、南北の商団も? フェトイは平等な取引で有名なのだから、どの商団の者だって不当なことをしたがらないわよね。無理やりやらせるために脅したのかしら」
「もちろんそうよ。でも、他にもいるわ」
「他にも……? 待ってねお姉さま、まだ答えを言わないでちょうだいね」
微笑んだ姉姫に、ステラローズは念を押してから考え出した。子供の頃になぞなぞをしていた頃とまったく同じノリである。
悩んだ王女がちらりとキースを見る。紫の目に懇願されて、キースは助け舟を出した。
「殿下、殿下が子爵邸に到着したとき、こちらの者はなんと答えましたか?」
「わかったわ! 子爵も脅されていたのね! だから、お姉さまと子爵が囚われているとわたくしに言わなかったんだわ」
ステラ王女はぱっと笑顔になって手を叩いた。ブルーローズ王女はほぼ答えを言った侍従を目で諌めたものの、キースは静かに目を伏せてそれを甘んじた。キースにとってはステラ王女が喜ぶことが第一使命である。