南方フェトイの丘では34
キースの差配により子爵邸では豪華な晩餐が振る舞われた。
当主であるはずの子爵の姿はなく、最も身分の高い第五王女が最奥の席に座る。続いて第七王女であるステラ王女、キース、トゥルーテ、そして騎士の面々までが同じテーブルについていた。下座には子爵邸の家令とメイド頭も座っているが、表情は固かった。
「堅苦しいことはなしよ。みなさまお好きにどうぞ。王国の繁栄と、わたくしを救い出してくれた勇敢なる妹に乾杯」
「乾杯!」
子爵邸に流れる重苦しい空気など一切感じさせぬ軽やかな声で、ブルーローズ王女はあっさりと晩餐を始める。ステラ王女は姉姫の言葉ににこにこしながらグラスを持ち上げた。当然ながら、ステラ王女のグラスに入っているのはジュースである。
「ギイイ〜……」
「まあ、ツィーヤ・ンイバーヤ。あなたも牢を破壊するなど活躍していたわね。あなたにも感謝します」
「ギイ!」
テーブルを挟んでステラ王女の向かい、第五王女の右手側に座ったツィーヤ・ンイバーヤは、ねぎらいの言葉を賜ってニィ……と大きな目を細めた。その前に皿は並べられていないものの、雰囲気を楽しんでいるらしい。大きな目がぐるぐると屋敷のあちこちを見ては、三日月の形になっていた。
「このスープ、とっても美味しいわ! 異国風にスパイスを効かせているのがすてき!」
「フェトイの料理はまさに多文化そのものね。美味しいわ」
「パンはね、わたくしがいただいたものなの! かちかちパンよ!」
「それも珍しいわね」
庶民の間では特に珍しいものではなかったものの、王族姉妹にとってはかちかちパンも珍しいものであった。
薄くスライスされたものがブルーローズ王女へ供され、ステラ王女にはパンに煮込んだ肉を挟んだものが出される。
手を組んで目を輝かせたステラ王女は、そのままぱちぱちと皿を見つめ、それからキースに問いかけた。
「キース、わたくし、かちかちパンに切れ目を入れてお肉を挟んでほしいと言ったわ」
「聞きましたよ殿下。そしてこちらがご要望通りのものでございます」
「……それはそうなのだけれど! でもキース、これは、スライスしたかちかちパンに切れ目を入れて、お肉を挟んだものよ」
第五王女のためにごく薄くスライスしたパンとは違い、ステラ王女のパンはより厚めにスライスしたものに切れ目を入れ、具材を挟んである。とはいえ、ステラ王女のパンも一般的な厚みの半分ほどのものであり、切れ目に挟んである具材もちょっぴりだった。
「あのね、物語に出てくるものはね、こう、細長い状態のまま、てっぺんに切れ目を入れるでしょう? そこにお肉をたくさん挟んで、パンを端っこからがぶっといただくの」
「存じております……が、殿下」
「なあに、キース」
物語メシを夢見ていたせいでちょっとガッカリしているステラ王女に、キースは丁寧に説明した。
「殿下はこういった固いパンを初めてお召し上がりになりますね」
「わたくしもかためのパンは何度か食べたことがあるけれど……確かにこのくらいのかちかちは初めてね」
「具材を乱雑に挟んだものも初めてでしょう」
「そうね。わたくしが食べるサンドイッチは、綺麗に四角く切ってあるもの」
「こういった形式のパンを食べるには、ある程度の慣れが必要なのです。物語の旅人が食しているのは上級者向けといっていいでしょう」
「まあ! そうなのね! 確かに、慣れたように腹に詰め込むと書いてあったわ!」
「殿下にはまだ早すぎます。こちらの薄いものをお召し上がりになって、もし大丈夫なようでしたら、お望みのものを作らせます」
「わたくしは初心者だものね……わかったわキース。わたくし、これを乗り越えてみせるわ」
キースの言葉に深く納得したステラ王女は、覚悟を決めて薄めのかちかちサンドと向き合う。ハンカチを使って両手で掴むと、王女はわくわくしながらそれにかぶりついた。
「……」
「第五王女殿下、次のお酒はいかがいたしますか?」
「そうね、ワインもいいけれど……キース、なにかおすすめはあって?」
「……」
「フェトイには外国から度数の高い桃貴酒がよく届きます。香辛料の効いた肉料理には合うかと」
「まあ、いい考えだわ。あなた、わたくしに桃貴酒をお願いね」
「……!」
「ギイッ」
「ツィーヤ・ンイバーヤ、あなたもお酒は嗜むのかしら?」
「ギイ〜ギイッ!」
「……!!」
はぐっと齧ったはいいものの、かちかちパンは強かった。
ステラ王女のか弱き顎には、薄くても2枚重ねられたパンはまるで岩のように硬い。そして王女が旅人らしく食べようとした結果、いつもより大きくかぶりついてしまった。そのせいで王女はいまだに、ひと口目を噛み切ることに成功していなかったのだった。
「……!!!」
「殿下、ご無理をなさらず」
キースの目配せで銀の甕が出されたものの、王女はかちかちサンドにかぶりついたままふるふると首を振った。
眉を寄せ、顎に力を入れ、掴む両手も全力にして踏ん張る。
王女はようやくひと口目を噛み切ったものの、そこからさらに咀嚼し、飲み込む頃には既に疲弊していた。
「わ……わらくしのあごが、あごがひたむわ……」
「無理はせぬようにと申し上げましたが」
まるで1万回噛んだのではないかというくらいに、王女の顎は疲れていた。しかし王女は、皿を下げさせようとするキースを止める。
「殿下、これ以上食べたら顎の痛みが明日まで残りますよ」
「かまわないわ。これ、あじはとてもおいひいもの」
「もう少し薄いものを用意させましょう」
「いいえ、キーフ。わらくし、これをたべられるようになって、いつか、いつかほんもののかちかちサンロを……」
食べられる日が来るかしら、と弱気に語尾が消えていったものの、王女は結局かちかちサンドを完食した。そしてステラ王女は姉姫からのお褒めの言葉とキースの呆れの視線、トゥルーテの感動の眼差し、そして翌日の咀嚼筋筋肉痛を得たのであった。




