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南方フェトイの丘では32

「殿下ッ!! キースさまッ!!」

「まあ、シロビ!」


 ステラ王女一行が地下を抜け出し屋敷のホールへと戻ると、ちょうど奥からシロビが走ってきたところだった。


「ご無事ですか!!」


 王女やキースとは別に隔離され、数人の監視のもと部屋に押し込まれていたシロビは、屋敷が騒がしくなった隙をついて見張りを全員倒し、屋敷内の人間を片っ端から捕縛していった。

 騒がしくなったのは殿下の御身に何かあったからではと必死の形相で探し回っていたシロビが目にしたのは、パンを抱えてにこにこしている王女と、ねじ曲げられた金属の破片を持っている王女。そっくりだったので一瞬迷ったが、シロビはステラ王女が『王家の目』からもらったパンをかちかちパンと呼んで大事にしていたことを思い出しことなきを得る。


「殿下! ご無事で!」

「ええこの通り。シロビもご無事……ではないわね。キース、手当てをしてあげてちょうだい」

「殿下、私は第五王女殿下のドレスで手が塞がっております」

「あら……」


 若くして実力者であるシロビも、こういった荒事に慣れているわけではない。実際にシロビが戦った人数はキースが地下でぶちのめした人数よりは少なかったものの、思わぬ反撃なども食らったせいであちこちにあざや傷ができていた。


「ではわたくしが手当てをしましょう。任せてシロビ、わたくしそういった本も何冊か読んだわ」

「えっ?! いえ! 殿下のお手を汚すわけには!!」

「まあ、遠慮しないでちょうだいな。旅人なら怪我の手当てくらいできなくてはね」

「こ、こ、こんなのかすり傷ですから!!」


 赤くなって距離を取ったシロビに、王女はにこにこしながらさあさあと迫っていく。王女は完全に善意だったが、背後にツィーヤ・ンイバーヤがニタニタしながら立っていたせいで見た目はかなり怪しい。


「殿下、おたわむれはおやめください」

「まあキース。わたくしはとっても真剣よ!」

「大体パンだけ持ってどんな治療をするつもりなんですか。薬は? 包帯は?」

「持っていないわ。わたくしが読んだ物語ではその辺に生えていた草を擦って傷口に付けていたけど、どれを摘めばいいのかしら」

「物語の知識で治療しようとなさらないように」


 唇を尖らせる王女をキースが止めてくれたおかげで、シロビはほっと息を吐いた。ふと視線を感じ顔を上げると、ステラ王女によく似た人物が微笑みながらシロビを見つめている。

 ステラ王女に似ているということは、王族。年恰好からして、おそらくは件の第五王女殿下だ。

 今更ながら気が付いたシロビは、片膝を付いてさっと礼の姿勢を取った。新人のシロビがステラ王女や王太子以外の王族を近くで見るのは初めてである。


「あらシロビ、その格好は怪我をしているおひざが痛くないかしら? お姉さま、わたくしの騎士を立たせてあげてもよろしくて?」

「ええ、もちろんよステラローズ」

「シロビ、立ってちょうだいな。こちらはわたくしの親愛なるブルーローズお姉さまよ」


 膝が痛もうがそのままの姿勢の方が気は楽だったものの、王女から直接言われては立たぬわけにはいかなかった。

 シロビは立ち上がり、ぎこちなく礼をする。


「お姉さま、シロビはわたくしと共にお姉さまを助けにきた勇気ある騎士なのよ。途中で姿が見えなくなっていたのだけれど、こうして見る限り、とっても活躍したみたい」

「まあ、頼もしいわね」

「キースもゴミムシ野郎のかたがたにたくさん勝利していたし、わたくしとっても鼻が高いわ」

「殿下、ゴミムシ野郎は禁止です」


 ステラ王女の説明により、シロビははぐれてからの王女の状況とキースの活躍を知ることとなった。剣を持たずにあの男たちを多数倒したと聞いて思わず顔を引き攣らせたものの、その強さがあるからこそキースは王女の最も近くに仕えているのだと納得する。


「シロビはいかが? どうしてケガをしたのか教えてちょうだいな」

「は、私は……」


 今度はシロビが説明する。倒した相手は簡易だが縛って転がしてあること、そして屋敷にいたほとんどの男は倒せたものの、主犯と思われる人物が強く、逃してしまったこと。


「私の実力不足で最も重要な人物を逃してしまいました。申し訳ありません」

「そんなに謝ることはないわ。あの……おくちが勝手に動いてしまう方はなんだか強そうだったもの。それよりもシロビが大きなケガをしなくてよかったわ」


 シロビは処罰を覚悟の上で謝罪したものの、黒幕と思われる人物の名前を聞いたかどうか王女が忘れていたせいで、なんだか間の抜けた呼び方になり場の空気がふんわり崩れた。


「お兄さまの騎士もフェトイにいるのだから、きっとすぐに捕まえてくれるわ。気を取り直してちょうだいな」

「……殿下、ありがとうございます」

「わたくしこそ、身を張って守ってくれてありがとう、シロビ」


 おそらく隊長の元で厳しく処罰が下るだろう。しかし、シロビは王女のにこにこした笑顔と優しい言葉で、どんな処罰だろうとも乗り切れると確信したのだった。


「とにかく、みんな無事でよかったわ。お姉さまも見つかったし、子爵邸に帰りましょう!」

「……ああ、思い出したわ」


 ぱちんと手を打ったステラ王女の隣で、ブルーローズ王女が青い目をぱちぱちと瞬いた。


「お姉さま、なにか忘れ物でも?」

「そうね、すっかり忘れていたのだけれど」


 華奢な指を頬に当て、わずかに首を傾げて姉姫は言う。


「そういえばわたくしの牢の隣に、フェトイ子爵がいたわ」

「……ええっ?!」

「まあ、ステラローズ。そんな声を上げてははしたなくてよ」


 重要なことをおっとり告げたブルーローズ王女にツッコめる者は、残念ながらその場にはいなかった。






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