南方フェトイの丘では27
「まあこの壁、土や石が剥き出しだわ。あそこの柵なんか、小説に出てくる地下牢みたい!」
「地下牢ですよ、どう見ても」
先を降りるキースに手を取られながら、王女は地下への階段を降りつつ周囲を見渡した。
薄暗く狭い廊下に、奥が見えない牢が並ぶ。そのほとんどは無人だったものの、キースには闇の中で誰かが身動きする気配も感じられた。
「入れ」
「あら、ご親切に」
地下牢のひとつに案内されると、王女は王宮の庭でやるのと同じように軽く頷いた。
「殿下、本当に入るんですか?」
「入るわキース。案内されたのだから、この際入っておくべきよ」
「牢に入れられたら身動きできませんよ」
「そんなことないわ。牢の中でもちゃんと動けるもの」
そろそろぶちのめしてもいいのでは、とキースが暗に問いかけるも、王女は本格的な地下牢の見学に興味を奪われていた。背後ではついてきたツィーヤ・ンイバーヤがギイと鳴くので、キースは仕方なく王女を牢へと案内する。
「おい待て、お前は別の牢に入れ」
「黙れ下郎が。誰に向かって命令してる」
キースの腕を掴もうとした男は、素早く振り払われて後ろへとよろめいた。男が気色ばむ前にキースはさっさと王女がいる牢の中に入り、続いてツィーヤ・ンイバーヤも当然のようにそれに続いた。狭い入り口に灰色の球体がしばしつっかえたものの、ジタバタと手を動かしてなんとか入り込んだ。
キースは牢の戸を閉め、檻の間から外にいる男たちを睨む。
「ほら、さっさと鍵を閉めてどこかに遊びにいけ」
「っ、なんだと?!」
牢に入れられる側だというのに、王女の侍従の態度はデカかった。腹を立てる男を冷たく見やり、仕事の遅い奴めとでも言いたげに溜息を吐く。
男のひとりが声を荒げようとすると、噴水で話しかけてきた男がそれを制して笑った。
「王宮暮らしでは想像できんかもしれんが、そのような態度は改めた方がいいぞ。手始めに、3日ほど食事を抜いてみるか?」
「まあ、新鮮な体験ね! キース! かちかちパンの出番よ!」
「殿下、この状況でかちかちパンは自滅しますよ」
「どうして?」
いかにかちかちパンが口の中の水分を奪うかについてキースが王女へ説明しているうちに牢に鍵がかけられ、男たちはふたりの見張りを残して去っていった。
「ああ、ようやく誰もいなくなったわね」
「殿下、見張りが残ってますが」
「あら? 本当だわ。まあいいわよねそれくらい」
名残惜しそうにかちかちパンを見てから、王女は檻の柵へと近付いた。
「お姉さまもここにいるはずだけれど……見えるかしら?」
「見えませんね」
「お姉さまー! 五のお姉さまー! いらしたらお返事してちょうだいなー!」
「おい、うるさいぞ!! 静かにしろ!!」
王女が口に手を当てて声を出すと、檻の外に立っている見張りの男が槍の柄で金属の柵を叩く。大きな音に王女が「ひゃあ」と声を出すと同時にキースが腕を伸ばしてその槍を掴み、捻って奪ったかと思うと見張りの男の胸ぐらを掴んで引き思いっきり檻へとぶつけた。
「おいてめえ殺すぞクソが。王女に攻撃してタダで済むと思ってねえよなゴミムシ野郎」
「お、おい何してる!! 誰か——」
くるりと槍を反転させ、檻を打った柄でやり返すようにキースはもうひとりの見張りの顎を狙った。顎が揺れ衝撃で昏倒し、胸ぐらを掴んでいる方も苦しそうに顔を歪めるのみ。
殿下がまあまあとキースに近付き、しゃがんで昏倒している男を眺める。
「ゴミムシ野郎のかたがた、キースを怒らせちゃいけないわ」
「……殿下、そんな汚い言葉を使ってはいけません」
「キースは使っていたじゃないの! 大体、ゴミムシ野郎ってどのような意味なの?」
「倫理に悖る外道の小物という意味です」
「キースは物知りさんね」
檻越しに見張りを締め上げて気絶させたキースは、王女によくない知識がまたひとつ蓄積されたことを憂いた。反対に王女はにこにこと上機嫌である。
「ね? 檻の中でも問題なく動けるでしょう?」
「あれは私のことだったんですね殿下。あんまり過信しないでください」
「大丈夫よ。キースがこういう状況で負けたことないもの」
ステラ王女は自信満々に言ってのけると、また檻の外に向かって声をかける。
「お姉さまー、いないのかしら?」
「……ステラローズ?」
暗闇の奥から、か細い返事が聞こえた。




