南方フェトイの丘では23
「まぁ……わたくし、お姉さまを盾にとられてしまってはどうすることもできないわ……ああどうしましょう……なすすべもないわね……」
「殿下、白々しいですよ」
「まあなんてこと言うのキースったら」
キースと向かい合って馬車に乗りながら、王女は物憂げに首を傾けていた。
怪しい集団に絶賛連行され中である。
「どうするんですか、危険な目に遭ったら」
「キース、あなただけは生き残ってちょうだいね」
「殿下残して生き延びたら馘首ですよ馘首」
不審な男の言葉に王女が「まあ大変!! わたくしのお姉さまに何もしないでちょうだい!! わたくしはどうなってもいいからお姉さまだけは助けて……!!」などと芝居がかったことを叫んだため、ならば馬車に乗れと押し込まれてしまったのである。
ちなみに要求を飲んだように見せかけて「まあ、わたくし、たったひとりで歩くなんて生まれてこの方やったことがありませんの」「なぜわたくしの侍従でない方が同じ馬車に乗るのかしら?」などと澄んだ目で自分の要求も飲ませていたあたり肝が据わっている。伊達に王族として育っていない王女が愛らしいお人形のような王女が心底わからないといったふうに首を傾げながら「どうして? わたくしはこうしたいわ」と堂々のたまうと、どうにも奇妙な強制力がある。それに抗えるような者はほとんどいないのだった。
シロビは別に連行されることになったものの、王女の馬車にはキースが同乗し、怪しい集団はひとりも席を同じくすることを許されなかった。その代わり周囲には不審人物の乗った馬で囲まれているものの、王女は特に怯えた様子もなくパンを抱えていた。
「さっそく黒幕の方からわたくしの前に参じてくれるだなんて、まるでわたくしを旅物語の主人公となるよう未知なる力が働いているようだわ!」
「殿下、どこに連れていかれるかわからないんですよ。もう少し気をお引き締めください」
「大丈夫! いざというときのわたくしの務めは、小さくなってキースが奮闘する邪魔にならないようにすることよ!」
「合ってるが自信満々に言わんでくださいよ」
絶対にキースのそばを離れないわ、と謎の気の引き締め方をする王女に、キースは息をついた。
まあいいか、守れば。
幸い剣も取り上げられなかった。この集団はさほど荒事が得意ではないようである。
王女があれだけ大袈裟に芝居がかった喋り方をしたおかげで、王女が不審な集団に連れ去られたという事実はフェトイの街全体に広がるだろう。ゴルドンたちだけでなく王太子の騎士もいるのだから、案外早く馬車に追いつくかもしれない。
「お姉さまがいるのだから、やっぱり子爵が黒幕なの? お屋敷へ向かうのかしら?」
「いえ、北へ進んでいますから屋敷ではないでしょう」
「まあキース、あなた馬車に乗っているのに、どうやって方向なんかわかるの?」
「わからないんですか?」
「まったくわからないわ。すごいわねキース」
キースが広場からの馬車の動きを説明すると、王女は素直に賞賛した。方向感覚は生まれ持ってのものだが、さすがねなんでもできるわねとキラキラした眼差しで長年言われ続けたおかげで、キースは各種技能の取得に余念がないのは王女には内緒である。
「北商団の屋敷のどこかかもしれません。王都とも取引の多いところですから、何かしら黒いものを抱えていてもおかしくはないかと」
「まあ、困ったわね」
「あんまり困ってませんよね殿下」
「そうね。ひとり連れていかれたシロビが冷遇されてないといいのだけれど」
のんびり頷いた王女は、抱えているパンを見て「ひとつシロビに渡した方がよかったかしら」と心配していた。
「シロビは優秀です。たとえ武器を没収されたとしても騎士。彼の拳は意外と固いですから」
「このカチカチパンよりも固いかしら?」
「固いです。頭も良いですから、どこかで捨てられても殿下を追ってやってくるでしょう」
「わたくしの騎士を捨てるなんて許せないけれど、シロビが頼もしくて安心よ」
普段よりうんと狭い馬車でふたり。
にっこり微笑んだ王女を眺めて、キースは口を開いた。
「なんだか昔を思い出しますね、殿下」
「いつのこと? わたくしが王宮を抜け出そうとしたらうっかり成功してしまったものの、すぐ発見されてふたり揃って怒られに行ったときかしら?」
「違います。あのとき説教を全然聞いてない殿下も面白かったですが」
「キースのふくれ顔もなかなかすてきだったわ」
ふふふとキースへ笑う王女は、やはりいつも通りだった。