南方フェトイの丘では21
「……つまりサピタ、このフェトイには四つの商団があるのね」
「はい、殿下」
勘違いが判明し、屋根のうえでじっと見下ろすひとつ目の化け物に怒った後、王女はパン屋の妻サピタに話を聞くことにした。
サピタの夫であるシスは体が大きいからか部屋に入るのは遠慮し、廊下でシロビと話をしている。キースは買った食器を懐にしまい込みながら王女の隣で話を聞いていた。
「それぞれの街道に対応して、大まかに同じ傾向の店が固まって並んでいます。王都へ向けての商売が多い北商団、国外から流通してきたものを取り扱う南商団、農作物が多い東商団、そしてフェトイで加工したものを売るのがこの西商団です。それぞれの商団会が、各区画の店や市場を管理しています」
「お店がたくさんあるものね」
フェトイには建物に入り店を開いている商人もいれば、行商としてやってきて市場で品物を売る商人もいる。市場は商団会によって管理されており、料金を払って出店許可を取る必要があるものの、不正や揉め事があれば商団会が仲裁に入る仕組みになっていた。
「この商団会の力が強いからこそ、フェトイは公正な取引によって活発化してきました。しかし、半年ほど前から南北の商団会の様子が変わってきたようなのです」
「物流が滞っているのだったかしら?」
「はい」
フェトイで取引された商品は、その大半がさらに他の都市へと流通するために運び出される。大きな商隊が組まれるため、南方から王都へと運ばれる商品はこのフェトイでまとめられて出荷されることもあるほどだった。
しかし、王都へ届く品物の量が明らかに減った。王都の商会がフェトイから来る商隊にそのことを尋ねると、商人は「王都への荷はこれが全てだと北商団から言われた」と答えたそうだ。
あわせて、南商団でも不思議なことが起こった。店や市場へ卸される品物が減っているのだ。南商団からは流通量が減っていると発表されているが、国外からフェトイへ来る商隊の数も荷も普段と変わらない。
どこかの段階で、品物が消えている。そしてそのことを、南北の商団会が調べている様子もない。
「とっても不思議ね。だから一のお兄さまが、五のお姉さまをお遣わしになったのね」
「そのようです。そして第五王女殿下は、確かにひと月前にこのフェトイへいらっしゃいました。ひと目だけですが、お姿は私も確認しております」
そこまで言うと、サピタは口を閉じた。
王女は紫の目で前に立つサピタを見上げた。大きな紫の目を見つめ、サピタは息を吸った。
「第五王女殿下のご消息が聞こえたのは、半月ほど前まで。調べたところ、街を出た様子もなく……」
「どこにいらっしゃるのかわからないのね」
「申し訳ありません」
「まあ、サピタが謝ることではなないわ。頭を上げてちょうだいな」
サピタは膝をついて頭を垂れた。
王女が立ち上がってそれを制すと、サピタは顔を上げて王女に訴えかける。
「第五王女殿下の消息に関して、領主が動く気配もありません。もしことが悪ければ、商団のことも子爵が関係し、第五王女殿下に刃を向けたのやもしれません」
「まあ」
「第七王女殿下、御身のためにどうか子爵邸へは戻らず、そのまま王都へお帰りください。必要ならばここを隠れ家としても構いません。商人は王家の威光より、金を至上とする者もおります。殿下までも」
「ちょっとちょっとサピタ、落ち着いてちょうだいな」
王女は膝をつき、古びた床にドレスを広げてサピタと目線を合わせた。
「心配してくれるのは嬉しいわ。けれど、わたくしはお姉さまを助けにやってきたの。安心してちょうだい」
「しかし」
「大丈夫。わたくしにはとっても強い味方がいるのよ」
「強い味方……」
サピタがはっとして天井を見上げる。屋根の上には、王女が連れてきたという化け物がいる。あれが本当に『闇の冥府へいざなうもの』であるツィーヤ・ンイバーヤならば、確かに王女の身に危険が迫ることはないのかもしれない。
王女を見つめると、王女はにっこりと微笑んだ。
「そう! わたくしのとっても強い味方。キースよ!」
「いやそこは違うでしょ殿下」
王女が指を揃えた手でぴっと指したのはツィーヤ・ンイバーヤ……ではなく、横に立つ侍従だった。
そして侍従自身がツッコんでいる。ついでに外からはギーギーと唸る声が聞こえてきている。
サピタはこの王女の身が安全だと判断していいものなのか、強い困惑を覚えたのだった。




