南方フェトイの丘では18
第七王女の肖像画は伊達に量産されているわけではない。
「まあああ! とってもかわいいお皿!」
大通りに馬車を停め、街中に降り立ったその瞬間から、第七王女は注目を浴びまくっていた。
「このイキイキした模様の描き方! 不揃いなのがとってもいいわ!」
「あ……ありがとうございます、王女さま……」
陶器の並ぶ店先に王女が止まってから、店主はひたすらに礼をした体勢で戸惑っていた。店構えは小さく、並べているものも庶民が普段使いするようなものだ。お褒めの言葉に返事をしていいものなのか、万が一何か買うとなればどうしよう。店主は混乱しながらもとりあえず礼の姿勢をとり続けている。
「第七王女様! フェトイへようこそお越しくださいました!」
「まあ、ありがとう!」
「第七王女殿下万歳!」
ざわめきが広がり、そして収束するように人が押し寄せる。押し流されそうな人混みはしかし、王女を中心として円状に一定の空間を保っていた。王女が歩くたびに買い物客が固まり、または慌てふためいて道を開け、そして店主たちが心細そうな顔でお出迎えの挨拶をする。
買い物をするとしても、店のランクが違う。王女がなぜ高級店が並ぶ通りにいないのか、フェトイの街の者は全員疑問に思っていた。
「見てキース! 金物屋よ! とってもすてき! 旅に持っていく小さな器が欲しいわ! 飲み物も、食べ物も、全部同じ器ですませてしまうの!」
「殿下、そういう使い方は早食いに慣れた人間がするものです」
「早食い……って、どれくらい急いで食べたらいいのかしら?」
「殿下が想像した20倍ほどは早いと見て間違いありません」
「まあ! わたくし、喉に詰まらせそうだわ!」
店裏で自ら鍛冶もする強面の主人は、きゅるるんとした小さいお人形が感情豊かに会話しているのをなんとも言えない気分で聞いていた。自分の腕に間違いはない。色んな場面を想定して工夫された品物はみんな、誰へだって勧められる。つっても、まさか王女様に勧めることは想定していないわけで。
「店主。このカップとこの器を」
「3つずつ頼んでちょうだい! キースとトゥルーテのものも必要だわ。あっ、ツィーヤ・ンイバーヤの分も……いるかしら? 買うなら、ゴルドン隊長たちの分も頼まなくちゃ。騎士たち全員の分も」
「殿下。騎士は自前の食器を揃えておりますから」
「そうなの?! シロビ、ほんとう? 今度よかったら見せてちょうだいな」
「店主。この皿も一枚」
ギシギシに固い顔をやや染めながら騎士が頷き、侍従は気にした様子もなく懐から金を取り出す。強面の店主は余計なことを考えないよう脳裏で鍛冶をしながら、頼まれた品物を揃えて出した。
肖像画からそのまま出てきたような王女は、キラキラと笑みを浮かべて感謝を述べる。
「とっても素敵なものをありがとう!」
「……光栄です、王女様」
「ところでお聞きしたいのだけれど、わたくしのお姉さまを見なかったかしら?」
不意に問いかけられて、眉間のシワが癖になっている店主は思わず瞬いた。つい隣の侍従を見ると、異国風の彼が言葉を補足する。
「第五王女、ブルーローズ殿下がフェトイにご滞在されている。お姿を見かけたことは?」
「……いいえ、こんなとこに王族が来るなんてこたぁ」
言ってから店主は自らの失言にハッとしたが、受け取った品物を抱きしめている王女は気を悪くするどころか、むしろどこか誇らしげにさえ見えて困惑しながらも安堵する。
ちなみにステラ王女はこのとき、「急いで街を出ることになった旅人が飛び込むようなお店にいるのだわ!」と世界に浸っていた。
「こ、このあたりは我々のような者が多いので……高貴な方は北の通りにおいでかと」
「この辺りで情報に詳しい者は?」
「あっちの角のパン屋のおかみが、毎日客の顔ぶれを覚えてるほどよく知ってますが……」
パン屋のおかみがよく知っているのは常連の噂話や商人の噂しかない。店主は返答として正しいのかどうか迷いながら口にしたが、青い目の侍従は頷いて小銀貨を一枚渡してきた。
それを見て、王女がまたさらににこにこする。
「ありがとう。とっても助かったわ!」
花畑を背負って歩いていると幻覚するほどの王女の笑顔に、店主は呆けたまま頷いた。上機嫌で出ていく王女を見送り、それからそれにゾロゾロついていく人を眺め、さらに「王女が買ったのと同じものをくれ」と詰めかけてきた客をそぞろに相手する。
……肖像画、買うか。
金物が積み上がって狭苦しい店の奥の壁。強面の店主はそこにかけられたまま埃を被っている王陛下御即位画の隣にもう一枚、ふんわりした色彩の肖像画を足すことに決めたのだった。