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南方フェトイの丘では17

「殿下。まもなくフェトイに到着いたします。馬車を降りてのちは私と騎士1名は殿下の御身をお守りしますので、どうか離れませんように」

「わかったわ」


 王女はギイギイやかましい馬車の中で頷いた。ちなみにギイギイやかましいのは王女所有の馬車が老朽化しているからではなく、屋根にツィーヤ・ンイバーヤが乗っているからである。早朝からフェトイへ急ぐこととなったため、ツィーヤ・ンイバーヤが疲れて巨大化しないようにあらかじめ馬車の上に乗せていたのだ。上に乗れと言われたツィーヤ・ンイバーヤはにんまりと大きな目を細め、ピョンと一足飛びに乗って以降上機嫌なのだった。

 窓を閉めていてもなお聞こえる声に、キースは上を見やってから王女へ言う。


「ツィーヤ・ンイバーヤもなるべくお近くに置いていてください。悪心を持つ者には最も強いでしょうから」

「でも、ツィーヤ・ンイバーヤは『闇の冥府へいざなう者』なのだから、実際に罪を犯した者でなければ捕まえないのではなくて?」

「それだけでも充分です。これから殿下に無礼を働こうとする者は私が斬りますから」

「とっても頼もしいわねキース! でも、無闇に人を切ってはダメよ。お洋服だけにしてあげなさいな」

「殿下、それは人ごと斬るより100倍ほど難易度が上がります」

「そうなの?」


 不安で青い顔のトゥルーテ、いつも通りの王女とキースを乗せ、馬車は騎士に守られながらフェトイへと急ぐ。


 穏やかな丘陵の斜面へ広がるように作られたフェトイの街は、王都ほどではなくとも大きく繁栄していた。東西北の道が交差する丘のふもとに人が集まり、さらに丘の向こうからやってくる隊商が増えるにつれて丘を登るように広がった街である。


「相変わらず賑やかな街ね! 食べ物がたくさんあるわ」

「殿下、窓から顔を覗かせすぎませんように」


 人が溢れる大通りを速度を落として進み、王女を乗せた馬車は丘の中腹にある子爵邸へと辿り着いた。

 まずキースが降り、トゥルーテが降りてから王女が降り立つ。

 馬に乗らないと決めていたため、王女がキースの手を借りて石畳へ降りるとドレスがふんわりと揺れた。


 出迎えで並んでいる屋敷のものへと視線を巡らせ、王女はにっこりと微笑んだ。

 それに応えるように進み出た初老の男性が、片膝をついて深々と頭を下げる。


「第七王女殿下、ようこそフェトイへお越しくださいました。私はこのお屋敷を預かる家令、エッフェントートでございます。殿下には子爵に変わりましてご挨拶申し上げます」

「あら? 子爵はお留守なの? わたくしのお手紙が届いていなかったのかしら?」


 王族言葉でいうところの、「王族が来てんのに主人が迎えんとは無礼じゃろうがオラァ」といった意味の言葉である。

 うっかり言葉通りに受け取ってしまいそうになるほど愛らしいお人形のような顔を傾げてステラ王女が尋ねると、初老の男性はさらに深く頭を下げた。


「殿下に対し御無礼を致しまして大変申し訳ありません。我が主人はただいま病に伏せっておりまして、とても御前へ出られるような状態ではないのです」

「まあ、それは心配ね。夫人も伏せっておられるのかしら?」


 王女の言葉に、家令エッフェントートは深く頭を下げた。

 どう考えても嘘くさい言い訳に対し、王女は「それは大変だわ」と嘆いてみせた。


「ああ、もしかしてわたくしのお姉さまもご病気でいらっしゃるのかしら?」

「ご気分が優れないようでございます」

「お姉さま、どうしてすぐに教えてくださらなかったのかしら! わたくしとっても心配だわ。お見舞いに伺ってもいいかしら?」


 大きな宝石のような目をうるうるさせた王女が、家令に駆け寄って上目遣いに見る。初老の家令エッフェントートは灰色の目で王女を見返し、その目に罪悪感と焦りを浮かばせた。


「第七王女殿下の身にもしもがあってはなりません。第五王女は万全の体制で看護しておりますから、お治りになるまではどうぞお待ちくださいますようお願い申し上げます」

「そうなの。わかったわ」


 先程のうるうるはどこへやら、ぱっと笑顔になった王女が、軽やかに立ち上がった。

 エッフェントートがポカンと見上げる。


「せっかくだからわたくし、晩餐の前に市場を見てこようと思うの! よろしくて?」

「は、はい、殿下。もちろん」

「そう! お部屋の準備もあるから、トゥルーテとゴルドン、アンドレアスは置いていくわね! フェトイのお料理を楽しみにしているわ!」


 ではごきげんよう、とにっこり微笑んだ王女は、くるりと向きを変えて馬車へと戻ってきた。

 キースたちだけに見えるように、大きな目をくるりと回してから唇を尖らせる。


「とっても怪しいわ。さっそく悪事を暴きましょう」

「買い物に行くだけみたいに言わないでください殿下」


 溜息を吐きながら言ったキースが目配せをする。騎士たちがさっと近寄ってきて王女を囲んだ。


「ゴルドン隊長はお屋敷に仕掛けがないか調べてちょうだい。アンドレアスはお屋敷の周りを。トゥルーテはお勝手を習うふりをして、お姉さまが本当にこのお屋敷にいるのか探してみてくれるかしら?」

「殿下の仰せのままに」


 ゴルドンとアンドレアスは険しい顔で頷く。トゥルーテは心配そうに何か言いたげにしながらも、最終的には頷いた。

 それぞれを見つめながらも、王女はにっこりと微笑んだ。


「大丈夫よ。もし悪い人がいたとしても、大きく動くのは物語が佳境に入ってからなのだから。フェトイについたばかりの今は、きっと序盤あたりよ。気楽な気持ちでやってちょうだい」

「殿下、物語と現実をごっちゃにするのはおやめください」

「最終的には大立ち回りよ!」

「行きますよ。シロビ、御者を頼む」


 頬をバラ色に染めつつ、明後日の方向に夢見がちなことを言う王女に、一同は不覚にも肩の力が抜けてしまった。ゴルドンたちは笑みを浮かべ、馬車へと戻る王女たちを見送る。


「行ってくるわ。ちょっと待っててちょうだいね!」

「お待ちしておりますよ、殿下」

「ステラさま、お気をつけていってらっしゃいませ」

「ええ、またあとでねトゥルーテ!」


 王女は馬車の中から優雅に手を振る。

 ゴルドンらと子爵邸の使用人たちが見守る中で、王女は街へと戻っていった。






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