南方フェトイの丘では13
「王女殿下、無事のご到着お喜び申し上げます」
「第七王女殿下、ようこそお越しくださいました。狭い家で申し訳ありませんが、どうぞおくつろぎくださいませ」
「ドルネ侯爵、ラビータ村長、お出迎えありがとう。一晩お邪魔するわね」
王女ご一行は、予定通りに1泊目の宿となるラビータ村へと到着した。領地を持つ侯爵と共に、素朴な村長が出迎える。
「王女殿下、本当によろしいのですか? ここから少し行けば、湖畔に私の別邸がございますが」
「お気遣い感謝しますわドルネ侯爵。でもわたくし、旅に慣れるために人々の様子も見てみたいの。わがままを許してちょうだいな」
「とんでもない、殿下のお望みであれば何なりとお申し付けください」
王族が通るとなれば領主が出迎えるのが当然、泊まるとなれば領主の館の貴賓室が必須、というのが定石である。
領地を通過する際、まずは村に宿泊させてもらいたい。ドルネ侯爵はそう書かれた侍従からの手紙を読んで半信半疑だったものの、本当にこの第七王女は「村人に宿を頼む」つもりできたらしい。もちろん侍従や騎士が根回しやら警備やらした上のことなので、街道を行く旅人や商人と同じではない。けれど、王族に対するもてなしとしてはかなり質素なものだった。
しかし、ドレスでなく騎士のようなズボンを履いた王女は、目を輝かせながらこれ以上ない笑顔を見せていた。
「まああ!! なんて素敵なお家なの! 屋根が近いわ! 煙突がとってもかわいいわ!」
「あらあら、こんな田舎にようこそいらっしゃいました。殿下のお口に合うかわかりませんが、村で採れたもので夕食をご用意いたしますね」
「ラビータ村長夫人、ありがとう! もしかして、「おふくろの味」というものかしら?! わたくしとーっても楽しみにしていたの!」
「ほほ、村長夫人だなんて初めて言われましたよ。どうぞサリカとお呼びくださいませ」
人の良さそうな老年のラビータ夫妻に案内され、王女は踊り出さんばかりの足取りで村へと進んでいく。ドルネ侯爵はそれを呆気に取られたように見つめていた。
本当に、王女が望んでのことだったようだ。
侍従からの再三の言葉がなければ、我が身を守るためにも半ば強引に主邸や別邸に案内していたところである。金銭や食材を少なからず渡しているにも関わらず「食事には村で普段食べられているようなものを」と要求してきたことも、侯爵はようやく理解できた。
「出迎え感謝します、ドルネ侯爵。明日の宿は予定通り、侯爵邸へと到着する予定ですのでどうぞよろしくお願いします」
「あ、ええ、もちろん」
慇懃に礼をした侍従に、ドルネ侯爵は慌てて頷いた。領主への義理も忘れないらしい侍従に、ドルネ侯爵はホッとする。それと同時に、遠回しに「今日は帰るように」と言われやはり困惑した。
王族に対してのもてなしを、いち村長に任せてもいいものか。
当然のことながら、宿となる村は領地で最も評判のよいところを案内した。争い事も少なく、村長は長年村をうまくまとめている。しかし、当然ながら村長は王族を迎える際のしきたりなど全く知らないのだ。接点がある貴族といえばせいぜい領主であるドルネ一家くらい、それも年に一度顔を合わせるかどうかだというのに。
「あの、キース様」
「ご心配なく。殿下もわかっておいでです。危険が及ばない限り、我々は口を出すことはありません」
小麦色の肌に異国の顔立ちをした侍従は、ドルネ侯爵の気持ちを全てわかっているかのように頷いた。
「村で泊まったという体験は、王女の喜びに満ちた記憶の一片となることでしょう。ドルネ侯爵の領地が、今後も長閑で美しいものでありますように」
王女へのもてなしでヘマをしなければ、領地の評判が良くなるだろう。その意図は、裏返せば、もし何か起これば……ということでもあるが。
ドルネ侯爵は頷いて、王女の侍従に礼をした。今夜、あとはもう自分にできることはない。自分が領地のためになしてきたことが間違っていなかったことを祈るしかない。
「ああ、そうだ。ドルネ侯爵、もしよろしければ遣いの馬をお貸しいただきたい。殿下がフェトイへ手紙を書かれるでしょうから」
「わかりました。もちろん用意させましょう。ご滞在されている第五王女殿下へお届けするものですね」
「はい。フェトイに関して、何か噂などはお耳に入っていませんか?」
「いいえ、特には。ここからは少し距離がありますが、偶然、手内の者がフェトイに行く用事があります。もし何か知ることがあればお伝えしましょう」
ドルネ侯爵がそう答えると、侍従は笑顔を作って頷いた。どうやら望む答えを返せたらしい。
王女に呼ばれて村長の家へと入っていく侍従を見送りながら、侯爵は急ぎフェトイへ向かわせるものの算段を考え始めたのだった。