南方フェトイの丘では12
「ギー!!」
「殿下、ツィーヤ・ンイバーヤが」
「休憩しましょう」
道中、巨大化しそうになったツィーヤ・ンイバーヤの鳴き声が休憩時間の合図となった。
木陰に敷物が広げられ、馬たちは水と餌を貰う。王女は折り畳みの椅子に座り、疲れた足を休めた。
馬車から降りたトゥルーテがお茶を配る。
「ではお茶をいただきましょう」
ツィーヤ・ンイバーヤのサイズが若干大きくなってきているのと比例して、王女の疲れも蓄積されている。しかしそんなことはおくびにも出さない王女は、にっこり笑って周囲を労った。
「キースもトゥルーテも元気そうね。ゴルドン隊長、アンドレアス、シロビはどう? あちこち見回りをして疲れていないかしら?」
「はっはっは、王女殿下。我々にとっては軽い散歩のようなものですよ。クマが襲ってきたとしても私一人で返り討ちにできるでしょう」
「まあ! とっても頼もしいわね! クマを倒したことがあるの?」
「もちろんです殿下。あれは私がまだ騎士となったばかりの頃……」
何度かの休憩を重ね、王女と騎士たちも言葉を多く交わした。ステラ王女は王宮で働く者によく言葉をかけるが、職務のおかげであまり長く話す機会は少ない。騎士たちは訓練課程で遠征も行うため、旅に燃える王女にとっては聞きたいことが尽きないほどだった。
隊長であるゴルドン・ナギルは娘と変わらぬ年の王女が目を輝かせて話をねだるのが嬉しいし、アンドレアスも笑顔で質問する王女に汗と苦痛の演習が報われた気がする。同行する騎士たちは王族に仕えるだけあって相当の実力者なので、それぞれの体験は王女にとってもとても新鮮でワクワクするものばかりだった。
「シロビ、お菓子はいかが? もう少し楽にしてちょうだいな」
ふと声をかけられた騎士シロビは、ビクッと姿勢を正して息を呑む。言葉が出ない様子で、慌てて敬礼で応えていた。
「わ、わ、私は、……」
言葉が消えていくように小さくなったシロビは、2ヶ月前に正騎士となったばかりの新人であった。他の騎士と比べると体格も華奢と言っていいほどだが、剣の才能が飛び抜けていることからゴルドンが宮殿仕えへと引き抜いたのである。剣の速さと動きは他の騎士に負けない実力があるものの、いかんせん若い。
商家の三男坊であるシロビは、同年代の王女に仕えること自体が夢の中の出来事のようであった。その夢の中の人物が絵画よりも愛らしくふわふわした存在であったこともあって、実際に話しかけられるとなると叩き込まれたはずの礼儀作法も吹き飛ぶほどに緊張してしまう。何度話しかけられても、シロビは頭が真っ白になり、熱湯に溺れているように息ができなくなってしまっていた。
かーっと顔を赤くして黙り込んでしまったシロビの肩をゴルドンが叩く。王女が娘のように感じるゴルドンにとっては、シロビのような新人はもはや息子のようだった。
「殿下のお気遣い、感謝します。ほらシロビ。今のうちに食っておけ。お前にはまた先頭を任せるんだからな」
「は、」
「アンドレアス、お前も頂いておけよ」
「はい、隊長。殿下、ありがたく頂戴いたします」
「どんどん食べてちょうだい。トゥルーテのお菓子はとっても美味しいから」
赤い顔で黙りこくってクッキーを齧る新人を、ゴルドンとアンドレアスはさりげなく自分たちの影に隠した。
新人よ、ゆめゆめ油断するなかれ。王女の剣がお前に狙いを定めるぞ。
気さくな王女に無謀な想いを抱き、侍従キースによってその想いを粉塵にされた騎士は多い。ゴルドンとアンドレアスはさりげなく目配せをして頷いた。想いを砕かれ、そこから立ち直ってこそ強い騎士となる。この若い騎士が成長できるように、そっと自分たちのクッキーを分け与えるのだった。