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南方フェトイの丘では11

「では、出発しましょう! キース、トゥルーテ」


 雲ひとつない晴天の下、ステラ王女は日傘をくるりと回して言った。乗る馬の手綱を持ったキースと、休憩用の馬車の前に立つトゥルーテが頷く。

 ふたりに頷き返し、王女は騎士たちを見る。


「ナギル隊長。準備はいいかしら?」

「王女殿下。全てお望みのままに」


 第七王女を守る騎士隊を率いるゴルドン・ナギルは、自身の娘と同い年である王女に丁寧に礼をした。背後の騎士2名もそれに従う。

 王女に対する崇敬の念だけでなく、今日のゴルドンは感謝に溢れていた。今回の旅は前回とは違う。旅程の全てに同意をもらい、騎士の同行を許してくれたのだ。無関係な人間を装いさりげなく警護したり、いきなり変わる目的地へ必死の形相で先回りすることもない。

 同行が許された騎士が自身を含め3名だけだったとしても、計画があるだけで随分とやりやすかった。


「ギイ!!」


 ゴルドンは唐突に聞こえた化け物の鳴き声に、一瞬身構えてしまう。それに気付いたのか、大きな目玉がゴルドンを見た。漆黒の目を見るたびに、ゴルドンは自分が冥府の門で審判にかけられているような気分になる。

 ——実際、ゴルドンは何度か目にした。『闇の冥府へいざなうもの』の噂を聞き、興味本位で近付いてきた貴族の身体がツィーヤ・ンイバーヤに握りしめられる場面を。膨らんだ巨体に喰われた者が吐き出され、己の罪の全てを白日の元に晒すところを。


「ツィーヤ・ンイバーヤ、あなたなるべく小さな体になって頑張ってちょうだい。休憩も取るつもりだけれど、もしダメだったら少し離れてついてくるのよ」

「ギー……」

「そ、そんな目をしたってダメよ! 馬が倒れたら大変だもの。みんな揃ってフェトイへと辿り着くのよ」

「ギ」


 王女はまるで普通の人間を相手にしているかのように話をしているが、ゴルドンは今まで戦ったどんな猛者よりもこのツィーヤ・ンイバーヤが恐ろしかった。

 誘惑の多い王宮で、道を外れずに騎士を務めてきてよかった。より高い地位や金を求めた同期が握られたのを見たときにゴルドンは心からそう思ったのだった。

 この恐ろしい存在が王女に牙剥くことがあれば、我が身を犠牲にして戦うことになるだろう。しかし、ツィーヤ・ンイバーヤが王女に味方するならば、これほど心強いことはない。おそらくは火矢も投石もものともしないその体さえあれば、どんなことが起こっても王女をお守りすることができる。

 ゴルドンは、このツィーヤ・ンイバーヤが多くの民と同じく、王女に多大な好意を抱き続けてくれるように願いながら自分の馬に乗り込んだ。




「とっても素敵なお天気だわ! 風も涼しいし、やっぱり旅立ちはこうでなくちゃね!」

「そうですね」


 ゴルドンの願いを知らない王女は、歩き出した馬の背で能天気に空を見上げていた。キースがその隣について馬の様子を見る。王女を乗せた白馬はぺったぺった音がする背後を気にしつつも、軽快に足を動かしていた。


「準備はいつもの遠出とそんなに変わらないけれど、こうしてちゃんと馬に跨っていると旅をしている実感が湧くわね!」

「いやただの遠出とは準備もかなり違いがありますよ殿下」


 王太子が心配の手紙を1日3通ほど送り続けたため、王女は物語に出てくるようなぶっきらぼうな旅立ちは諦め、今回は馬車も連れていくことにした。前後に騎士がつき積荷にはドレスも入っているし、途中の宿もキースによって全て手配されている。

 旅人にしては準備が手厚すぎるけれど、王女は納得していた。


「剣と馬だけで旅に出るには、わたくしは準備不足だものね。まずこうして旅に慣れることが大事だわ。日傘なしに馬を丸一日走らせても大丈夫なくらいとっても強くなったら、そのときわたくしは本当の旅に出るの!!」

「殿下。その妄想を実行しようとすると馬が潰れますし、その前に殿下も潰れますよ」

「そんなことないわ! キース、わたくしはいつかあなたも追いつけないほど速く馬を駆ってみせるわ!」

「殿下。無理かと」

「……確かに無理そうね。それは諦めるわ」


 侍従にいつかの旅の計画を話しながら、王女は旅路を行く。

 フェトイへ続く街道の先には、雲がかかろうとしていた。






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