南方フェトイの丘では9
カッポカッポと音を立てて、王女を乗せた白馬が進む。
ぺったぺったと音を立てて、ツィーヤ・ンイバーヤがその後ろを追いかけていた。
「なんとか馬たちも背後に怯えないようになってきたわね」
「まだ警戒してますけどね。何日もこの状況だと調子を崩すと思いますよ」
「それはとっても困るわ」
日傘を傾けて、王女は溜息を吐いた。
旅に出るには貧弱すぎるケツいや体を鍛えるために、王女は宮殿に戻ってから日中のほとんどを乗馬に費やすようになった。初日に日光に当たりすぎてぶっ倒れてからはレース傘という貴族令嬢必須アイテムを持ってはいるものの、他はほとんど騎士服だった。
乗馬用のドレスも、女性用の鞍も、遠出するには向いていない。王女が「しっかりした服がほしいわ」とのたまい、侍従が「長時間の乗馬に耐えうる服を」と指示を下し、仕立て屋はこれ幸いと趣味に走った服を作った。
結果、ピンクのフリルがふんだんにあしらわれた、華奢な騎士服が届けられることになったのである。
王女に騎士をやらせろと。キースは処すべきではと考えたものの、王女が「とってもすてき!!」と大喜びしたために仕立て屋には剣ではなくお褒めの言葉と報酬が下されたのであった。
「最初は大変だったけれど、慣れてみると騎士たちの鞍はとっても乗りやすいわね。疲れにくいし。何より、このズボンってとっても履きやすいわ!」
「殿下。間違っても普段着もそれになさるとはおっしゃりませんように」
「便利なのに」
黒馬に乗り並走するキースは渋い顔をしたものの、近くで見守っている騎士アンドレアスは内心大賛成していた。
デザインと色は隔たりが大きいものの、王女が騎士服をお召しになっている。その噂は桃色珊瑚の宮殿だけでなく、王宮に仕える全ての騎士に速やかに知れ渡った。
王子が騎士に混じり腕を磨くことは珍しくはない。けれど、王女が騎士の格好をするというのは、どれほど年嵩の騎士であっても聞いたことがなかった。単なるデザインを真似ただけだとしても、騎士服は王家王宮を守り抜くと誓った騎士たちの誇り。その誇りを喜んで着ている王女を拝もうと、宮殿付近にはやたらと見回りが増えたほどであった。
騎士アンドレアスをはじめとする第七王女のための部隊は、他の比ではないほどに浮かれていた。なにせ騎士服を着ている王女に出くわすと、王女が自分の服装を見てにっこり笑うからである。アンドレアスなどは「わたくしとおそろいね!」と笑顔で声を掛けられたとして、上官から普段の倍量の訓練を課せられてしまった。もちろんアンドレアスは笑顔でそれをこなした。
第七王女が騎士に関する部署にお就きになるのではないか。騎士の誰かを専属として召し上げる気ではないか。自ら剣をお取りになって騎士を率いる……いやそれはないか。
騎士たちの間では、さらに人気の上がった王女についての様々な噂が日々飛び交っていたのだった。
「ギイー!」
「あっツィーヤ・ンイバーヤが大きくなってしまったわ!」
駆け足をする馬の後ろをぺったぺった追いかけていたツィーヤ・ンイバーヤが転ぶと、ボッとその体が巨大化した。キースは怯える馬の手綱を王女の分も合わせて操り宥める。
「やっぱりあの小さいままの姿だと疲れるのかしら。王宮に連れてくるときは馬車の後ろを1日中猛然と追いかけていてとっても怖かったのに」
「あの大きさを抑え込んでるのですから、無理があるのかもしれませんね」
王女の「大きいと場所を取るから小さいままでいらっしゃいな」とのお言葉をたまわったツィーヤ・ンイバーヤは、素直に日々小さいサイズのままで過ごしている。しかし、馬を追いかけて走り回ると、時間の経過とともに元の巨大なサイズに戻ってしまうのだった。
ツィーヤ・ンイバーヤは疲れたように横たわったままだが、急に巨大化する化物の存在は神経質な馬には毒だ。キースは厩番を呼んで今日の練習を終わらせることにした。王女の愛馬の一頭であるこの白馬メリーノはひきつけを起こさないだけ度胸があるものの、息を荒くして首筋を光らせている。
「ツィーヤ・ンイバーヤも走る練習をした方がいいかもしれないわねえ」
「この大きさにしては、よく馬の走りについてきてますよ。あれだけ長い時間走ったら、殿下ならぶっ倒れて冥府行きですね」
「失礼ね! わたくしはそもそも倒れる前に走ることを諦めるわよ! わたくしの走りでは馬に追いつくなんて無理だもの!」
「自慢げに言うことじゃないです殿下」
ぷんぷんしている王女に、トゥルーテが駆け寄ってタオルを渡す。果実の入ったお茶も渡して王女の努力を労っていると、遣いの小姓が駆け寄ってきた。
差し出された手紙をキースが受け取り、表を確認してそのまま王女へと差し出す。
「殿下。王太子殿下からの手紙です」
「まあ! 旅へのお許しかしら?」
王女は両手を組み、乗馬の疲れを忘れたようににっこりと微笑む。
王女を遠巻きに見ていた騎士たちも思わずにっこりと微笑み、上官から外周を走れと命じられた。