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桃色珊瑚の宮殿の中では4

 楽天家の現王とは違い、王太子は辣腕家だと既に有名だった。汚職に厳しく、予算の抜本的見直しを提案し、国土の隅々まで目を光らせている。王女と似た金髪と紫の目を持った王太子は、やや厳しい表情のおかげで神の作りたもうた石膏像だと評されていた。美形の兄妹である。


「ステラローズ、息災のようだな」

「お、お兄さまこそ……」


 ステラ王女は微笑み、そして後ろに控えるキースを振り返ってその涼しい顔を睨んだ。

 くれぐれも父王へ渡すようにと言い含んでいたのに、キースは王太子へと話を通していたのだ。そして、わざわざ父王の好む白い封筒を使って勘違いをさせてここまで王女を連れてきた。理由は明白だった。

 末っ子にデレ甘な父とは違い、長兄は理性を持ってダメなことはダメだと厳しく言い渡すことができるからである。


 思わぬ敵が出てきた。

 王女は心の中で歯噛みしつつも、いつもの笑顔で兄と親愛の抱擁を交わした。


「ステラ。旅に出たいなどと言ってキースを困らせているらしいな」

「あら、いいえお兄さま、わたくし困らせたりはしていませんわ! そうよねキース?」


 頷いてみようものならひどいお仕置きよ、という念を込めて王女が侍従に尋ねると、侍従はそれを察してか黙ってわずかに頭を下げるだけにとどまった。ちなみにひどいお仕置きとは、甘いものがさほど得意ではないキースの飲み物を、丸一日ジャム入り紅茶だけに限定する刑に処することである。


「そなたは王女。旅に出させるわけにはいかない」

「まあ! お兄さまほどの博識なお方でも、聖女ツェツィリアの物語をご存じでいらっしゃらないのかしら? わたくしの家族でも旅をしたことがある素晴らしいお方ですわ!」

「神話に近いほどのご先祖を家族と気軽に呼ぶのはやめなさい」

「王族が旅をしてはいけないなんて理由はありませんわ。現にお父さまやお兄さまはあちこちを見に行ってらっしゃいますもの」

「陛下や私は仕事で行っているのだ。ステラ、そなたは王宮で暮らすのが仕事。この平和を享受し、民に幸福を伝えるのがそなたの仕事だろう」

「お兄さま……」


 ステラが悲しそうな顔をすると、王太子は表情には出さず胸を痛めた。いくら理性が強固で正しい判断を下せるとはいえ、末っ子に対する愛が少ないわけではない。ステラ王女がフニャフニャの赤子の頃から家族でこぞって可愛がり、その成長を見守っていたのである。冷たい石膏像だと言われる王太子だけれど、その内側には大きな家族愛を秘めていた。

 むしろ、大事な妹だからこそ、おいそれと外に出すわけにはいかない。


「ステラ。外には危険が溢れている。そなたのひ弱な足は地面を歩けばすぐに傷付くだろうし、日差しで倒れることもあるだろう。虫や野犬やあるいは賊もいるかもしれない。ついこのあいだ、そなたが賊に誘拐されたのを忘れたわけではあるまいな」

「お兄さま、わたくしが誘拐されたのはもう10年も前のお話ですわ!」


 ステラ王女が6つの頃、家族で避暑に赴いていた地で誘拐事件があった。なんやかんや無事だったうえに王女は楽しかった記憶しかないのだが、それ以来、王女に対する周囲の過保護っぷりは大爆発してしまったのである。


「お兄さま、わたくしもここの暮らしは大好きですわ。けれどわたくし、もっとやれることがあると思いますの。民を幸せにするというなら、それを行動に移さねば! 考えているだけでは夢は叶わず。ドゥー・イット・ナウと古代呪文を唱えて足を踏み出すことが重要なのですわ!」

「どこでそんな知識を手に入れた」

「大図書館にあった本ですわ。自己啓発というのが最近流行っているらしいんですの」


 王太子は司書に本の陳列について物申すことにした。


「足を踏み出さずともできることはある」

「でもきっと踏み出した方が素敵なことがありますわ! わたくし、いろんな国へ行きたいんですの。お嫁ぎになったお姉さまにもお会いしたいし!」

「ダメだ。ステラ、そなたが国を出ることは絶対に許さぬ」


 厳しい顔で言い放った王太子に対し、王女は抜かりなく目を輝かせた。


「つまり、国を出ない限りは外に出てもよいということですわね?!」

「何故そうなる。そういうわけでは」

「わたくしとっても嬉しい! まず、あちこちを見て回りますわ!」


 王女が目を輝かせてはしゃぐと、金色の髪が揺れて小さな星を周囲に振りまいているほどに眩しい。大袈裟に喜んだ王女が王太子に抱きつくと、王太子は少し表情を崩した。


「待て、私は許可を出した覚えは」

「もちろんですわお兄さま! わたくしお兄さまのご厚意に感謝して危ないことはいたしませんし、最初の旅はすぐに帰ってきますわ! きちんとお手紙もお出ししますもの!」

「ステラローズ、最初の旅とは」

「ご心配なく、まずは3日ほどかしら! お兄さま本当にありがとう! 大好きですわ!」


 一気に捲し立てた王女は、親愛のキスを王太子の頬に送ると、それでは失礼いたしますと美しい所作で礼をして素早く退室する。背後からは王太子の呼び止める声が聞こえていたが、王女は聞こえなかったことにした。


「殿下……」

「無事に許可も出て安心したわ! 早速荷造りを始めましょう!」

「いや許可は出ていないかと」


 侍従のツッコミも、王女は聞こえなかったことにした。






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― 新着の感想 ―
[良い点] っょぃ…… うわぁ、思ったより強かなお姫様ですね、好き!!!
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