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南方フェトイの丘では7

「どうすんですか殿下。ツィーヤ・ンイバーヤが縮んだせいで闇の冥府に行くべきものが野放しになったりしたら」

「そそそそんなことにはならないはずよきっとそうよそうに違いないわよ」


 階段を登りながら、王女の手を取るキースは紫の目が大いに泳いでいるのを見た。背後に視線を移すと、ペタペタと音を立てながらツィーヤ・ンイバーヤが階段を登っている。ひとつ目をギョロギョロと動かして周囲を見渡しては、王女と距離ができたことに慌てて階段を3段ほど飛び越えたりもしていた。なかなか身軽らしい。

 追いついたツィーヤ・ンイバーヤは、ニィ……と目を細めてステラ王女を見上げる。キースと同じく振り返っていた王女は若干引いた顔をした。


「あなた、やっぱりちょっと笑顔が怖いわ。マナーの先生にお願いして社交的な笑顔を教えてもらえないかしら」

「先生が卒倒しますよ殿下」

「それに裸足だし、あなたに合った靴が必要ね。……キース、この場合って靴かしら? それとも手袋かしら?」

「どっちでもいいと思います殿下」


 灰色の毛玉の下に生えている手は、階段の狭い幅に合わせて指を外に向けるように逆ハの字になっていた。柔軟性もあるらしい。

 悩む王女を見上げて、ツィーヤ・ンイバーヤはギイと元気よく声を発した。細められたひとつ目やボサボサの毛皮、体を持ち上げる大きな手は全体的に不気味なことに変わりはなかったものの、サイズが3分の1ほどに縮んだせいで威圧感は随分減っている。


「この大きさなら、お風呂に入るのもむずかしくないわね」

「ギッ?!」

「大丈夫よ、ツィーヤ・ンイバーヤ。わたくしが使っている石鹸とシャンプーを貸してあげるわ。あなたの毛束も少しはサラサラになるはずよ!」

「ギ……ギー……」

「あら、どうして目を細くしてじっとわたくしを見るの? ボサボサなのがお好み? でも王宮にいるからには、あなたの見た目を整えるのもわたくしの役目なの。わかってちょうだい」

「ギィー!!」

「大体、頭の毛が目にかかっていてよ。リボンを貸してあげるから、まとめて結びなさいな」

「ギーイー!」


 キースは王女の手を引いて2階へと促した。

 王女と化け物は、やはり何かしらの意思疎通が成功しているらしい。キースからすると喜怒哀楽の大まかな感情しかわからないが、王女はさらに詳しい感情を読み取っているのかもしれない。

 召喚が関係し、王女が何かしらの能力に目覚めたのだろうか。


「殿下。ツィーヤ・ンイバーヤの言葉がおわかりですか?」

「全然わからないわ」


 そんなことはなかった。

 ただ直感で会話しているだけだったらしい。

 キースは安心したような納得したような複雑な気持ちになった。




「トゥルーテ、カップをもうひとつ用意してちょうだい」

「……は、はい、ステラさま……」


 キースに椅子を引いてもらいいつもの席に戻った王女は、とりあえず、お茶の続きをすることにした。王女自身も内心現実についていけてないものの、ツィーヤ・ンイバーヤが縮んだという事実は何度見ても幻ではないらしい。どう考えても物理法則を無視した収縮を前に、お茶を飲むことでひとまず衝撃を忘れることにしたのである。


「アンドレアス、みんなも休憩するように言って。キースもトゥルーテも座ってお茶にしましょう」


 騎士たちを下がらせると、王女は香りの良いお茶をひと口飲んでひと息ついた。

 ちらりと見ると、すぐ隣にツィーヤ・ンイバーヤが立っている。


「……あなたも座ってちょうだい。座れる……かしら?」

「ギイッ!」


 ツィーヤ・ンイバーヤは元気よく返事をした。

 身長が王女のお腹ほどの高さに対して、足、いや手の付け根は王女のくるぶしよりも少し高いくらいの場所にある。しかしそんな構造にしてはツィーヤ・ンイバーヤは身軽にジャンプして、キースの用意した椅子に座った。


「……お茶は飲めるのかしら?」

「ギイ!」


 トゥルーテは青い顔でツィーヤ・ンイバーヤの前にお茶を入れたカップを置いた。座っても身長がさほど変わらないツィーヤ・ンイバーヤは、黒いひとつ目をパチパチさせてカップを見る。

 どうやって飲むのか、もしカップを取り落とすようなら受け止めねば、と注意するトゥルーテの側で、ツィーヤ・ンイバーヤがお茶を飲む。

 いや、それはむしろ、吸引すると言ったほうが正しかった。

 窓を閉めているはずなのに、不意に春の強い風が吹くのを感じる。そして次の瞬間。


 ヒュゴッ


 という音とともに、テーブルの上に置かれていたカップとソーサーが消えていた。






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