表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/70

南方フェトイの丘では4

 王太子と王女は、並んで唾液まみれの者を眺める。


「先程食べられていたがしかし、どういうわけかまだ生きているな」

「た、確かに……先程はおぞましい音が聞こえていたはずなのに、あの者は無傷のようですわねお兄さま」

「あの状態を無傷というかは難しいが。誰か、その者を抱き起こしてやってほしい」


 王太子の命令に、騎士ふたりが動く。彼らはヌルヌルした腕を何度か取り落としながらも、罪人の両肩を支えて立ち上がらせた。その体に血はなく、怪我をしているらしきところはない。食べられる前と変わったところは、額にひとつ目の模様が刻まれているのと、唾液まみれなことくらいだった。ふらついてはいるものの、意識はあるようでぼんやりと周囲を見渡している。

 唾液まみれの者の前に王太子が立ち、直接言葉を下した。


「そなた、闇の冥府を見たのか?」

「……わたくしは……とんでもない罪を犯しました……」


 目の焦点が合わず、王太子の言葉の返答としても怪しい呟きをこぼした男は、しばらくするとガタガタと震え出した。


「も、申し訳ございません許してください何でもします!! どんなことをしてでも罪は償います!! 私は薄汚い罪人です!! もう何も悪いことはしません!! どうか償いを!! 償いをさせてくださいお願いします!!」

「おい、暴れるんじゃない!」


 激しい震えと共に、男は許しを懇願する。唾液のぬめりで騎士たちの腕を抜け出した男は、芝生の上に頭を擦り付けるように許しを乞うた。

 王太子はそれを眺め、それから末妹へ話す。


「この者はあらゆる凶悪な罪を犯し、罪を罪とも思わず、王や神にすらも唾吐くような者だった。ここへ来る途中にも、私に斬りかかろうとして騎士たちが取り押さえたのだったが」

「まあお兄さま、なんて危ないことを……」

「しかし見よ、ステラローズ。まるで別人かのようにかの者の持つ雰囲気が変わっている」


 額に目の烙印を押された男は、咽び泣きながら今までにしたことについて悔やんでいる。その様子はどう見ても、本気で自分のしたことに怯え、そして行き着く先に本気で恐怖していた。

 じっと眺める王女に対しても、罪の赦しを乞うて頭を下げている。


「お兄さま、この者はやはり、闇の冥府を見たのかしら?」

「そうだろうな。先程の忌まわしい咀嚼の響きは、ツィーヤ・ンイバーヤがかの者の罪を食べた音だったのかも知れぬ」

「ギィッ」


 ツィーヤ・ンイバーヤが相槌を打ったように鳴いたので、王太子は深くため息を吐いてから宣言した。


「かの者はツィーヤ・ンイバーヤの裁きを受けた。額に浮かぶ印がその証である。私はかの者との約束を守り、ここに刑が執行されたことを宣言する」

「で、では王太子殿下、彼を放免するのですか」

「冥府の裁きを受けた者を、我々が再び裁くことはできぬ。……落ち着くまではしばらく、目の届くところで面倒を見てやるように」


 騎士たちに指示をしてから、また王太子はため息を吐く。


「ステラローズよ。とんでもないものを拾ったな」

「そうみたいですわね」

「その者の身分は私も保証し、王宮へ入ることを許す。ステラローズ、ツィーヤ・ンイバーヤのことはそなたに任せる。冥府の者に失礼のないようにするのだぞ」

「わかりましたわお兄さま! ありがとうございます!」


 目を輝かせて王太子に抱きついたステラ王女は早速、桃色宮殿へと戻ることにした。小さな王女の「いらっしゃいな」という声に、ツィーヤ・ンイバーヤは元気よく返事をしてついていく。


「まったくびっくりさせないでちょうだい。あなたにはお食事の作法も教えないといけないみたいね!」

「ギイ!」

「いいこと? 急に人を食べてはいけないのよ。下手をすると捕まって牢に入れられるわ。その体が入る牢を新しく作らないといけないから、国庫にも影響が出るのよ!」

「ギ、ギイ?」


 失礼のないように、と言い含めた矢先から王女がツィーヤ・ンイバーヤに説教をしている。その後ろ姿を眺め、もう一度溜息を漏らした王太子は、疲れた顔で妹の侍従の肩を叩いた。


「キース。くれぐれも我が妹を頼んだぞ」

「頼まれました。王太子殿下」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 変な生き物界でも意思疎通の出来なさとお役立ち度が かなり高いなヤバイヤーツ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ