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南方フェトイの丘では2

「では、本当に害意はないというのだな」

「もちろんですわ、お兄さま。ツィーヤ・ンイバーヤは誓いましたの。わたくしや、わたくしたちの無辜の民を傷付けないと」

「ギイ」


 頷くように体を揺らした化け物に、王太子である第一王子は顔を引き攣らせながらも「なるほど」と理解を示した。


「しかしステラローズよ。何故このような、冥府の民が我がサフィリアの地へ降り立ったのか」

「それはわたくしにもわかりませんわ」

「……ステラ、そなたが何かしたのでは?」

「まあ、誤解ですわお兄さま。わたくしは天啓に導かれて霊廟をお参りし、何気なく川で一休みしていただけですの。そうしたら偶然! たまたま! ツィーヤ・ンイバーヤと出会いましたのよ。そうよね?」

「ギ、ギイ」


 王太子が見る限り、ツィーヤ・ンイバーヤの目は泳いでいるように見えた。しかし化け物の仕草が人間の仕草と同調しているものか計りかねるため、限りなく怪しい末妹の主張に意義を唱える論拠には足りない。


「たまたま、闇の冥府の番人と出会ったと?」

「そうですの。今でこそこのような姿ですが、最初に見たときにはもう大変でしたのよお兄さま。ツィーヤ・ンイバーヤは汚れに汚れ、まるであらゆる大陸を彷徨い続けたかのように孤独を極めた目をしていましたわ。ね、そうよね?」

「……ギ、ギイィ〜……」


 ステラ王女が目配せをすると、ツィーヤ・ンイバーヤはハッと目を見開いてから、急に弱い鳴き声を発し始めた。その鳴き声と伏せたひとつ目は、どうやら哀れみを誘おうとしているらしい。


 このとき、王女の後ろに控えていたキースは知っていた。

 王宮への道すがら、王女がツィーヤ・ンイバーヤに対して「お兄さまへの態度」を根気強く教え込んでいたことを。弱々しい態度、従順な態度、誠実な目線などを練習していたことを。

 キースだけではなくトゥルーテや騎士たちも聞いていたが、そんな事実は各々の「墓まで持っていくリスト」に追加されただけであった。


「困っている民がいるならば、救いの手を差し伸べるのがわたくしの役目ですわ。ツィーヤ・ンイバーヤはわたくしの言うことをきちんと守ってくれますし、とっても頑丈な体はいざというときも安心。『闇の冥府へいざなう者』がいるとわかれば、罪を犯す者も減るでしょう」

「ステラローズ、そなたはよほどそれが気に入ったようだな。しかし私はそなたの言葉だけを聞いて受け入れると決めるわけにもいかぬ」


 王女のキラキラした視線を受けても王太子は怯まず、厳しい顔で巨大な化け物を見る。


「ツィーヤ・ンイバーヤと呼ばれる者よ。そなたが本当に神話に描かれる『闇の冥府へいざなう者』だというのであれば、その証を見せてみよ」

「ギィ……」

「冥府の門番でなければ、そなたは我が妹や民を脅かす化け物やもしれぬ。ならばどのような手を使ってでも、私はそなたを排除せねばならぬ」


 異形のものに対しても平時と変わらぬ態度を貫く王太子に、彼の騎士たちは内心敬服していた。王太子は内心そこそこビビってはいたものの、そんな様子を見せるほど肝は小さくはない。もし灰色の化け物の正体がツィーヤ・ンイバーヤでなければ、妹が何と言おうと国から去ってもらう必要がある。もしそうなったときこの小さい王女がなんと自分を罵るかだけが、王太子は気がかりだった。


「ギ」


 灰色の化け物は王太子の眼差しを大きなひとつ目で静かに受け取ると、小さく足を動かして向きを変えた。そしてゆっくりと視線を横に動かす。闇色の目が見つめていたのは、王太子の背後に並ぶ騎士たちだった。右から左へと目を動かして一通り騎士を眺めると、ギ、と小さく鳴いた化け物は庭園の芝生を踏みつけて騎士たちの方へと歩き出した。


「な……」

「皆、じっとしているように」


 王太子に声をかけられ、騎士たちは動きを止める。明らかにヤバそうな見た目の化け物が近付いてくるのを、どの騎士たちも額に汗を流しながら待った。

 やがて至近距離に近付いてきた化け物は、ある騎士の前に立つ。

 青い顔の騎士が恐る恐る見上げると、大きなひとつ目がニイィ……と弓なりに細められた。


「ギイイ」


 その騎士がヒッと悲鳴を漏らしかけたときには、その鎧を纏った体は大きなものに拘束されていた。温かく、そして柔らかく、同時に鎧が軋むほどの強い力が騎士を捕まえる。

 化け物の体の下に生えている肌色の足……いや手が、騎士をしっかりと握っていた。


「う、うわああああ!!!」

「ギィー!!」


 慌てて逃げようとする騎士は体を暴れさせるものの、腕ごと掴まれた胴体は動かすこともできず、足を動かして灰色の毛皮を蹴ってもびくともしない。

 騎士の叫び声に大きな目玉がにいっと笑うと、化け物はその手を地面へ戻すように下ろした。

 ゆっくりと近付いてくる芝生の青。その次に騎士が見たものは、見たこともないほどの濃い闇だった。


「やめろおおおおおお!!!」

「ギッ」


 周辺の人間からは、騎士の体は強い力で引っ張られたように見えた。化け物が掴んだ騎士を、毛皮の下へと持っていった途端、巨大な手の間に吸い込まれるように騎士の体がズルズルと消えていったのである。


「助けてくれえええええ!!」


 広い空間で叫んでいるような、反響のかかった騎士の叫び声と、そして逃れようと暴れる足。

 そのどちらもが、バキバキムシャムシャという音とともに球体の下部から吸い込まれてやがて消えてしまった。

 全てが見えなくなってから、化け物の目が王太子へ向く。


「ギィッ」


 王太子が我に返って言葉を発しようとしたその前に、庭園に叫び声が響いた。


「いやああああ何しているのよおおおおお!!」


 王女の高い叫び声に、化け物がビクーンとその場で飛び上がったのを全員が目撃した。






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― 新着の感想 ―
[良い点] あら〜しまっちゃいましたね!王女にめっちゃ怒られて元に戻すのかな?実はどこかの国のスパイや刺客だったら有能ですね。
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