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神殿のそばの川のほとりでは7

 大きな影がその体重を感じさせない素早さで動き、あっという間に距離を縮めてくる。そして一足飛びに森から出て、ゴツゴツとした岩の転がる川辺へと躍り出た。

 侍従の背に隠れていた王女はそれを見なかったものの、騎士アンドレアスはその速さになんとか食らいつく。剣で太刀打ちできる相手ではない。瞬時に判断したアンドレアスは、ナイフを投擲しながら横に転がるようにしてその巨体を避けた。

 攻撃をした自分に食いついて進路を変えろと願っていたものの、その巨体は体勢を立て直すアンドレアスに意識を向けない。ならばと後ろからさらにナイフを投げる。巨体を避けてアンドレアスとは反対に転がった騎士たちが、背後を追って斬りかかった。アンドレアスも負けじと雄叫びを上げながら切り掛かる。


 剣を通して感じたのは、硬さだった。暗い色の毛皮の下が、異様に硬い。老成したクマは硬い皮を持つものだが、それよりも硬い。変に張りがあって、今までに狩った動物のどれとも似ない手応えだった。何より、数人の騎士が襲い掛かってもびくともしない。

 立ち止まった巨体にアンドレアスは本能的に飛び退いて、改めてその巨体を眺めた。


 巨大な体は、この場の誰よりも高い。それだけではなく、幅も体高と同じくらいに大きかった。骨格は判別ができない。クマでもイノシシでもなく、似ているのはむしろ、球体だ。

 背後から見ている騎士アンドレアスには、毛皮をまとった巨大な球体にしか見えない。かろうじて見えている足が2本だから、前足を上げて威嚇しているにしても体型がおかしいし、重心が妙に安定している。騎士たちに攻撃されても振り向くことなく、毛の一本すら抜けず、じっと静かに立っている。

 なんだ、この奇妙な動物は。


「……な、な、何なのよこの生き物はーっ!!」


 人間たちの心の声を、王女が代表するように叫んだ。

 騎士アンドレアスから巨体を挟んだ反対側、その謎の巨体の正面を見た者たちは、騎士たちよりも困惑していた。

 片手で王女を抱き寄せ、我が身を前に出して剣を構えるキースも、飛び出してきた巨体に驚きを隠せない。


「ギイイィ……」


 油を差していない古い大きな扉のような軋む音を発するそれは、生き物と称していいのかすらわからなかった。

 薄汚い毛皮の巨大な塊は、高さだけで王女の2倍ほどもある。幅も同じくらいあり、ほとんど球体に近い形態というのは、この生き物の特徴としてはさほど驚く点ではなかった。


 巨大な球体の真ん中に、これまた巨大な目がひとつ存在している。


 毛むくじゃらの中に。ツノも鼻も牙もなく、ただ目だけが見えている。アーモンドの形をした巨大な目には血走った白目があり、その真ん中に黒目があった。瞳の輪郭も見えない、漆黒の目がある。

 目を縁取る大きなまつ毛があり、毛が生えた瞼が上下するたびにその上下のまつ毛がぱちぱちと触れる。


 ひとつ目の珍獣は稀に発見されるというが、これはそもそも、既存の動物のどれにも当てはまらない。そもそも、顔に目玉だけしかない、いや顔だけしかないのか、そんな動物なんて古今東西どんな国でも発見された記録はない。

 生き物ではなく、もはや化け物の領域だった。


「ギィー……」

「ななななんなの! キース! キース!」

「殿下、お静かに」


 その大きさと異様な目玉に、王女はキースにしがみついてパニックを起こしていた。

 騎士の攻撃が効いていないこの化け物を、倒すことは現状かなり難しい。化け物の性質や攻撃方法がわからない今、王女を担いでとにかく神殿の方へ向かうしかない。木々が密集した場所を通れば、この巨体と距離が取れるかもしれない。

 しかし。


「……キース、あのとっても大きな目、こっちを見ているわ!」

「見てますね」

「キース、あなた狙われているわ!」

「いえどう見ても殿下を見てます」

「いやあああ事実を言わないでちょうだいわたくしもそんな気がしていたのよー!!」


 巨大な目は、じっと王女を見つめていた。どこに焦点を合わせているかわかりにくい目でもわかるほどに、じーっと見つめていた。

 ステラ王女がキースの背中に顔を引っ込めても、それを追うように黒い目はじっとキースの胸あたりを見ている。王女が反対側からそっと顔を出すと、化け物の視線はすかさずそれを捉えた。


「わわわわたくし食べても美味しくないわ!! 人間はみな食べても美味しくないものなのよー!!」

「殿下、落ち着いてください。御身は必ず守ります」


 化け物はさらに騎士から攻撃を受けているが、全く怯むことなくじっと王女を見つめ続けている。大きな目を細めて、じーっと王女を見つめている。

 キースはひとつ息をして、剣を構え直した。

 化け物であれ何であれ、王女を狙うものであればキースの敵だ。


「化け物、てめえ殺すぞ」


 嘘偽りない感情を乗せて声を発すると、黒目がぎょろりとキースを見つめた。






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