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神殿のそばの川のほとりでは6

 図形の真ん中へ、王女の血が一滴落ちたことに最初に気付いたのはトゥルーテだった。


「ス、ステラさま」

「トゥルーテまでわたくしを止めるの?!」

「いいえ! あの、血が」


 石箱を抱えながらトゥルーテが指した先を、王女と侍従が同時に見る。

 うず巻き模様が描かれた岩の上、よくよく見ると赤い小さな点がある。

 書簡によれば、これで召喚の儀式は完成されたはずだ。騎士たちもつられてうず巻きを凝視している。キースはじっと見ている王女の隙をついて指にハンカチを巻きつけた。


 誰もが平らな岩の上を見つめ、そして時を待つ。

 周囲には川のせせらぎと、木々の葉擦れの音だけが流れていた。


「………………何も起こらないわね」

「そうですね」

「もしかして、血が足りなかったのですか?」

「図形の手本が間違っていたのでは?」


 しばらくじっと見つめていたステラ王女も、さすがに竜の召喚が成功していないと認めたようだ。念のために警戒していた騎士たちは、内心でホッと息を吐く。自分で針を刺した人差し指以外は、王女の身の安全は守られた。

 トゥルーテもホッとして、残念そうな顔の王女にやさしく話しかけた。


「ステラさま、ここでずっと立っていてはお足が疲れますよ。ひとまず、この巻き書簡をお戻しになってはいかがでしょうか?」

「……そうね。わたくし、本当に竜が見られると思ったのだけれど」

「きっと、ステラさまのお祈りがまだ届いていないのかもしれません。神殿でお茶をしながら待ってみて、お泊まりになるなら部屋をご用意いただきましょう」

「待て」


 トゥルーテの声を遮ったキースは、険しい顔で周囲を見渡していた。

 片手で「静かにしろ」と合図を送ったキースに、騎士たちがすぐ反応して周囲の気配を窺う。キースの右手が剣に触れているのを見て、トゥルーテは慌てて石箱を岩の間に置き、自分も隠していたナイフを構えた。


「あっちだ」


 キースが指した森の方へ騎士たちが剣を向け、王女を守るように立ちはだかる。騎士らの背後でキースが剣を抜き、王女に下がるように頷いた。

 普段はコロコロ喋っている王女も、流石に騎士の警戒中は大人しくなる。王女は口を開かずにキースのうしろに隠れ、背後を守るトゥルーテと背中合わせの状態になった。


 キースが警戒しているということは、何かがいる。

 それがクマなのか竜なのかはたまた逆賊なのかはわからないが、何であれ騎士もキースも相手に容赦はしない覚悟はすでにできている。


「……」


 先程とは違う沈黙の中で、森の方からガサガサと何かが動く音が聞こえてきた。風のせいで聞こえる音ではなく、明らかに何かがこちらに近付いてきている。



 田舎出身で剣の腕を買われ王宮へ召し上げられたアンドレアスは、子供の頃に培われた警戒心が最大の警鐘を鳴らしていることに気がついた。剣を片手で持ち、剣の他に投擲用のナイフもいつでも抜けるように準備をする。

 音からして、これがクマなら随分でかい。不届き者の成敗には不足ない装備と人員であっても、クマ狩りの装備としてはかなり心細いと感じた。大きいクマは剣が皮を通らない上に頭もいい。騎士の何人かが犠牲になって王女が助かれば恩の字だ。


 隣を見ると、経験豊富な隊長も同じく近付いてくる相手の様子に気がついたらしい。静かに呼吸をしながらも、こめかみに汗を流している。

 なんとしてでも王女を守らねば。

 そう思うこちらの殺気が伝わったのか、森の中にいる気配が急に素早く動き始めた。


 来る。


 アンドレアスは首の後ろがヒリヒリするような緊張の中で、改めて剣を構えた。

 





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