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神殿のそばの川のほとりでは5

「まず、平たくて大きい岩を探すわ! あれがいいかしら?」

「殿下、気を付けて歩かないと転びますよ」


 亡きサンアリア王女の記したところによると、まずは平たい岩を用意するらしい。神殿横の川にちょうどいいものがあるはず、と書いていたので、本人もこの近辺で探したようだ。

 ステラ王女が自分の背丈ほどもある岩によじ登ろうとしていたので、キースは慌てて止めた。代わりにキース自身が岩の上に登り、周囲に転がる岩を見回す。


「殿下、あそこにある岩が最も適任かと」

「あの低いのね。わたくしもひらりと岩に飛び乗りたかったけれど、キースが選んだならしかたないわ」

「殿下がやると顔面から岩に激突して大変危険です」

「そんなことないわ!」


 王女、侍従、メイド、そして騎士らはぞろぞろと連れ立って50メートルほど移動した。岩が割れてできたらしい平面に王女は満足し、それから召喚の準備にかかる。


「サンアリア王女さまが遺してくださった模様を描き込むわ。これはきっと強力な魔法陣なのね!」

「どう考えてもうず巻きをランダムに描いたみたいな見た目ですが」


 円形、三角形、四角形のうず巻きを組み合わせたような図形は、古語すら書かれていないただの落書きに見える。余ったインクを使い切ろうとした、と言われたら納得しそうな図形だった。ただ、添えられた文章には「以下のような図形を描く。大きめがよい」とあるので、これが伝説の竜を召喚するのに必要な図形で間違いないようだ。

 靴を脱いで岩に乗った王女はたっぷりとしたスカートをよけてしゃがみ、トゥルーテに渡されたペンで図形を書き始める。


「殿下、そこのうず巻きは逆回転です」

「あら……これでいいわ」

「方向転換が無茶すぎやしませんか」

「こういうのは気持ちが大事なのよたぶん」


 途中まで右回りに書かれていたうず巻きが、途中で逆回りに変わる。巻き書簡に書かれていた図形では線の幅もほぼ揃っていたが、王女が描いているものはそれに比べてかなりいびつだ。平らとはいえゴツゴツした岩の表面に描き込んでいる上に、使っているのが普通のペンなせいでかなり描きにくいらしい。

 完成したものは、見本のものと比べてかなり縮尺がちぐはぐだった。


「できたわ!」

「本当にできたんですかこれ」

「完璧よ! ほら見て! 今にも竜が出てきそう!」


 根拠のない自信で胸を張る王女に、キースは適当に頷いた。この図形が竜を召喚するとは思えないものの、万が一を考えると失敗に終わりそうな図形のほうがいいかもしれない。

 キースは念のためにうず巻きのひとつでもさらに描き加えておくかと書簡を再度読む。


「あとは実際に竜を呼ぶだけね!」

「殿下」

「どうしたのキース」

「ここに『王族の乙女の血を捧げれば竜は来る』と書かれていますが」

「そうだったわね。キース、剣をちょっと貸してちょうだい」

「ダメです」


 国宝級のものでなければ、キースは書簡を引き裂いて火にくべていただろう。

 キースは素早く巻き書簡を元に巻き直すと、トゥルーテの持つ石箱へと突っ込んで蓋をした。


「殿下、何考えてんですか。王の子たる殿下の血をこんな信憑性の低い図形に垂れ流すなど許されざる行為です。帰りましょう」

「落ち着いて、キース。ほんのちょっとでいいって書いてあったでしょう。少しだけ切って垂らすだけよ。キースじゃなくてもいいわ。誰か、剣を貸してちょうだいな」

「間違いなく大惨事になる結果しか想像できません。殿下の御身に傷を付けたとなると、それがすぐ治るものだったとしても剣を貸した者は反逆罪で死刑ですよ」

「確かに、キースの言うことも一理あるわね。わたくしのために仕えてくれている者を無実の罪で処刑台に送るわけにはいかないわ」


 王女はキースの言葉にあっさり納得すると、自らのポケットを探った。薄布が重ねられているドレスのスカート部分には切れ目があり、手を入れると付けられたポケットがある。四角い布を縫い合わせたそれは取り外しができるよう、内側に重なるスカートに針で留められていた。その留めてある針を引き抜くと、キースはギョッとした顔になり、トゥルーテは顔を青くする。


「えい」

「殿下!」


 人差し指と親指でつまんだ針を、ステラ王女は自分の人差し指に突き刺した。


「いたいわ!!」

「当たり前だバカ!」

「またバカって言ったわね!」


 痛みに驚いた王女が思わず取り落とした針をキースは踏みつけ、王女を睨む。


「バカにバカと言って何が悪いんですか。トゥルーテ、清潔な布を」

「は、はいっ!」

「ちょっと待ってちょうだい! 手当ては竜を呼んでからよ!」

「殿下、いいから手を出してください早く」


 布を当てようとするキースに王女が反抗して手を振り回す。すると白い人差し指の先に膨らんでいた赤い血が飛んだ。

 偶然、王族の乙女の血は一滴、図形のちょうど真ん中へと落ちたのだった。






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