神殿のそばの川のほとりでは4
キースがどれだけ叱っても、王女は基本的には自分の意志を曲げない筋金入りの頑固娘だった。キース自身もそれは把握しているので、とにかくさっさとことを終わらせて誰にもバレないうちに霊廟に戻しに行ったほうが早いと考えた。
召喚だかなんだか知らないが、それで王女の気がすむならばやらせればいい。
その判断で一行は、王女の望む通り川へと急ぐことになった。王女の足に付き合っていると日が暮れるので、王女はキースに背負われてあっという間に川に到着する。
王女はふらつきながらもキースの背から降り、そして説明を始めた。
「これはね、サンアリア王女さまが直々に書かれたみたいなの。度重なる国の危機を憂いて、大いなる力の助けを借りようとご苦労なさった様子が綴られているわ」
かちこちに固まっているトゥルーテの手にある石箱の蓋を気軽に開け、中に入っている巻き書簡を取り出した王女は、慣れた手つきでそれを広げ始めた。
神をも恐れぬ所業にトゥルーテは一心に祈る。どうかどうか祖王さまの怒りに触れませんように。ステラ王女と私の命をお守りください。
「ほら、ここなんてインクが滲んでいらっしゃるの。なかなか思い通りにいかなくてお怒りになったこともあったみたいね。聖女と呼ばれて久しいけれど、サンアリア王女さまだってひとりの人間だったことがわかってなんだか嬉しいわ」
「殿下。本題に入ってください」
「そうね。ちょっと待ってちょうだい。今召喚の方法のところを出すわ」
保存性の高い青皮紙は霊廟で安置されていたせいか、劣化はほとんど目立たない。王女がくるくると広げていくと、破れのない紙が長々と出てきた。途中で地面に着きそうだったので、キースが端を持って不要な部分を巻いていく。
王女がくるくると巻き出し、キースがくるくると巻き取ることしばらく。
「ここよ! ここに召喚の方法が書いてあるわ!」
王女が声を上げて指したのは、長い巻き書簡の最後の最後、芯棒に近い部分だった。
伝説の竜を喚び出す方法が書かれていると言われ、控えている騎士たちも注目した。書簡の最後の部分には、数行の文章と共に何かの図形が描かれている。図形の大きさは王女の手のひらほど。
ごくごく簡潔に記されているようだ。
「………………これだけですか?」
「そうよ。そんなに難しくないみたいでよかったわ」
「殿下、これはサンアリア王女が残したいたずらなのでは? 記された文書を見る限り、亡き王女はかなり……自由なお方だったようですが」
「まあキース、あなた巻き取っている間に全部読んだの? 古語もお手のものなんてさすがね!」
古語で書かれている上に、王族の綴る文章はかなり独特だった。そのためトゥルーテや騎士には何が書かれているのか読めなかったが、キースは古語を学ぶ王女の宿題を散々手伝った過去がある。分厚い歴史書を半泣きの王女と徹夜で翻訳した過去のおかげで、現代語と変わらぬ速さで正確に解読することができた。
その結果、サンアリア王女の書簡にはわりとしょーもないことが書かれていると知ってしまったのである。
動乱の時代に対する憂いや悲しみも綴られていたものの、8割は愚痴だった。パッとしない政策ばかりでその場を乗り切ろうとする兄王に怒り、毛糸で作った虫を仕込んで悲鳴を上げさせたなどと書いてあった。聖女が子供みたいないたずらをしていたとは。どことなくステラ王女との血の繋がりを感じたので書簡の信憑性は高いとキースは思ったが、もしこの文書が公開されたら神殿から大抗議されること間違いなしだ。
聖女として崇められるサンアリア王女のイメージを覆すような言葉の羅列が長々と続き、最後の最後、紙の余り部分に書いたように竜の召喚方法が記されている。
文字から読み取れた人格から考えて、これも後世にしかけた王女のいたずらである可能性も大いに考えられた。
「殿下。竜の召喚方法を遺すのであれば、もっと詳細に、そして特別な書簡に記しておかれるのではないでしょうか。このように、紙が終わるからと段々字を小さくしながら書くようなものではないかと」
「でも、書簡の中で竜の召喚について触れられているのはこれだけなのよ。だから多分これが本当の召喚方法だと思うわ」
「神聖な行事の間に何巻読んでるんですか殿下。本気で怒られますよ」
「大丈夫よ。わたくしに書簡の存在を教えてくれたのは二のお兄さまだから」
「第二王子殿下……」
キースは納得した。遊学と称して常に色んな国を旅している、元祖自由すぎる王族だ。
ため息を吐く侍従に、王女はにっこり微笑む。
「ものは試しよ、キース。とにかくやってみましょう!」