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神殿のそばの川のほとりでは1

「すてきな天気ね! 風も柔らかいし、馬車も貸してもらったし、とってもいい出発だわ!」


 スイティウス邸で宿を取った翌日。キースとトゥルーテが王女の行動に警戒しているのをよそに、当の本人はいつもと変わらぬのんきな笑顔を浮かべていた。


「殿下、旅人は馬で出発するものなのでは?」

「ちょっと計画が甘かったわ。宮殿からは馬で出発したから、ひとまずはそれでいいと思うの」

「帰ってから乗馬の練習時間を増やしますか?」


 キースが帰る気があるのかと暗に問いかけると、王女は「それがいいわね」とあっさり頷いている。

 やはり帰る気があるのか、それとも自分たちを騙して隙をついて逃げ出そうとしているのか。

 トゥルーテは瞬きした間に王女がいなくなってしまう気がして、カトレアから貸し出された馬車に乗った後も気が気ではなかった。


「あらトゥルーテ、なんだか顔色が悪いわね。馬車に酔ったのではなくて?」

「いえ、殿下、大丈夫です」

「殿下じゃなくてステラでしょ! もう。無理をしてはダメよ。キース、窓を開けてちょうだい」

「窓?! いいえステラさま私は大丈夫です!! 窓なんて!」

「トゥルーテったらそんなに怯えてどうしたの? 窓の外には騎士がいるだけよ。騎士は顔が怖いけれど、心は優しいわよ」


 王女の逃走経路を増やしてしまうと慌てたトゥルーテに、キースは窓を少し開けながら小声で落ち着くように窘めた。王女に不審がられては元も子もない。

 キースはカトレアに頼んで騎士を何人か借り、神殿の外周を隙なく警備するように指示した。すでに半数以上は先に出発しており、今ごろ神殿に到着して警戒に当たっている頃である。最初に手配した王宮の騎士たちもすでに先回りしているはずだ。


 おそらくは、何事もなく終わるだろう。そうなるべきだ。

 そう思ってはいても、キースもトゥルーテも王女が何かをしでかすような気がして仕方がなかった。




「第七王女ステラローズ殿下。ようこそお越しくださいました」

「お出迎えありがとう、大司教さま。お元気そうでなによりだわ!」


 尖った帽子と白くたっぷりとした髭、そして床に流れる祭司服により、大司教は細長い三角形のようなシルエットをしていた。王女が手を握ると、大司教は目元の皺をさらに深める。

 高位の司教たちが揃って出迎えた中でも、王女は特に緊張することも畏まることもなく微笑んでいる。祖王を祀る国教にとって、王女は大司教とほぼ同等の扱いを受けていた。


「急なご連絡で驚きましたが、神殿へお参りになることは喜ばしいことでございます」

「そう言っていただけて嬉しいわ。あのね大司教さま、霊廟に行きたいのだけれどいいかしら?」


 まだステラ王女が姉殿下に手を引かれながら参拝していたころ、神殿の石畳でけんけんぱを遊んでいた頃から中々型にはまらない王女だと知っていた大司教だが、王女の申し出には少し驚いた。侍従からの先触れで霊廟の話は出ていたものの、本当に口に出すとは思わなかったのである。


「ステラローズ殿下。御霊廟へのお参りは、常なら定められた日時に限られているものだとはもちろん存じておいでですな?」

「ええ、大司教さま。でもわたくしが調べたところ、過去に行事以外でもここを訪れた王族はいたみたい。わたくしもその中に名を連ねたいの」

「それはそれは……いかなる理由かお尋ねしても?」


 祖父にも近い年齢の大司教の言葉に、ステラ王女はにっこりと微笑む。


「わたくし、旅に出るに際して祖王さまがたのご加護をいただきたいの」

「旅……ですと?」

「ええそうなのよ大司教さま。わたくしは旅人として、この大陸を旅して回ることにしたの!」


 大司教の困った目が王女の背後へと移り、トゥルーテはひたすら頭を下げ、キースは目を伏せたまま首を振った。

 もちろん、王の許可は得てません。勝手に言ってるだけです。


「しかしステラローズ殿下、王の子たる殿下がおいそれと旅に出るというのは……」

「あら、お兄さまやお姉さまの中にも国を出た方はいらっしゃるわ。わたくし、ご挨拶にも行きたいんですの。お兄さまがたがこの王国を出てなお神を崇め神に守られているのか、大司教さまも心配でしょう?」

「神王様のご威光は、全土にわたって届いておると私は信じております」

「そうよね。それも確かめて来るわ! お兄さまお姉さまと会ったときにはどんなご様子だったか、お手紙を書くわね!」

「はぁ……」


 王女が口にしているのが空想なのかそれとも実際に予定されていることなのか、大司教には全く見当がつかなかった。ともかく、王族が所望すれば霊廟の扉を開くことは難しくはない。妖精のようないで立ちで過酷な旅を目論んでいる王女を心配しつつも、大司教は司教たちに準備するように指示した。


「霊廟へお入りいただけるのは王族のみ。お供の方々にはお待ちいただきますがよろしいですな?」

「ええ、もちろんよ! キース、トゥルーテ、ちょっとだけ待っていてちょうだい」

「かしこまりました、殿下。お戻りをお待ちしております」


 頭を下げたキースに頷き、それから王女はあっと手を打った。


「そうそう! トゥルーテ、昨日いただいたブローチはあるかしら?」

「は、はい。ステラさま、こちらに」

「ありがとう。これをつけていくわね」


 大きなダイヤモンドが輝くブローチを胸元に付けて、王女はにっこり微笑む。

 霊廟へ行くだけなのに、わざわざ高価なブローチを付ける王女。

 とてつもなく怪しかった。


「……殿下、一応申し上げておきますが、それ、売ったらすぐに足がつきますからね」

「足がつくってどういう意味かしら?」

「出どころがバレてすぐに捕まるということです。大きすぎる宝石は犯罪に関係することが多いため、宝石商も買取を嫌がります。一枚の金貨ももらえませんよ」

「そうなの。宝石って大変なのねえ」


 売り飛ばして旅費を得るつもりなのかと釘を刺すキースにも、王女はぱっとしない返事をするだけだった。図星で狼狽える様子も取り繕う様子もない。


「ステラローズ殿下」

「ええ、わかったわ大司教さま。じゃあ2人とも、行ってくるわね」

「ス、ステラさま! お待ちしております!」

「殿下、あまり長居はされませんよう」

「心配しないで。わたくし、霊廟で迷ったりなんかしないわ」


 金色の髪がふわふわ揺れながら扉の向こうへ消えていくのを見送り、そして騎士たちに周辺の警備をさらに厳重にするように命じるキース。トゥルーテは抜け道を警戒し、霊廟の向こう側にある森の方へと走っていった。


 さて、どうなるか。

 キースは閉じられた巨大な扉を睨むように立つ。どれほどの時間が経とうと王女が霊廟にいる限りは待ち続ける覚悟でいたものの、予想外なことに扉はすぐに開いた。


「お待たせ! あら、トゥルーテはどこに行ったのかしら?」


 その間、およそ10分ほど。

 あっさりと戻ってきた王女はキースを連れて来た道を戻り、大司教に礼を言ってそのまま神殿を出てしまったのだった。






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