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桃色珊瑚の宮殿の中では2

 ティーカップは、第七王女のために国一番の陶工によって作られている。去年献上されたものは、持ち手のところに繊細なバラ細工が飾られたものだった。取り扱いに神経を使うと洗い場では不評ではあるものの、贈られた王女はいたく気に入っていた。


「今日のお茶もとっても美味しいわ!」

「もったいないお言葉でございます、殿下」

「殿下はやめてって言っているでしょ、トゥルーテ。ステラってお呼びなさいと何度言ったかしら」

「私には畏れ多いことでございます……」


 第七王女のメイド、ガルトルードはいつものように顔を赤くして恐縮した。甘やかされ、砂糖菓子のような世界で生きてきた第七王女には、人を身分で区別する習慣がない。平民として生まれたガルトルードをトゥルーテと愛称で呼び、ひとりはつまらないという理由でティータイムも同席させてしまう。トゥルーテは、世間に知られたら刺されるのではないかとヒヤヒヤしながらも、こうして気さくに話しかけてくれる王女のことを心より慕っていた。


 お揃いのティーカップを、トゥルーテは細心の注意をもって持ち上げる。繊細な細工のお人形のように小さくて細い姫の指に合わせて作られたティーカップは、一般的体型であるトゥルーテの指には少し小さい。震えないように持ち上げるのは、何年経っても難しかった。


「お菓子もとっても美味しいわ! トゥルーテ、もうひとつお願いね」

「殿下、食べすぎると夕食に支障が出ますよ」

「大丈夫よキース。あなたもいかが?」

「結構です」


 侍従として見目麗しいキースは、こう見えてそこそこ鍛えている。剣を握る手にはどうあがいても合わないので、キースはティーカップの胴体を掴むように持っていた。キースのカップにだけ持ち手にバラが付いていないのは、陶工にそうするよう言い含めたからである。どうせ壊すのでなしにしてくれという願いは通ったものの、飲んだ気がしないので大きいものにしてほしいという要望は却下された。


 第七王女のために作られたミルクと蜂蜜のローズパイは、今日も愛らしいお姫様の小さな口に吸い込まれていった。機嫌よくお茶を飲み干した王女は、ニコニコしながら侍従とメイドに話を切り出す。


「ご馳走さま。素敵なお茶だったわ。ではわたくしは旅に出るわね!」


 まだなんか言ってる。

 トゥルーテはキースを見た。キースは表情を変えずに王女を見る。


「殿下、これからご行幸なさるおつもりですか?」

「行幸ではないの。旅に出るのよ! 私は旅人。そう、旅人よ! 旅人って素敵な響きね!」


 キースはトゥルーテを見る。メイドは黙って殿下の読書記録を差し出した。

 このところ、神話や冒険物語ばかりを読んでいたことが判明した。


「殿下、旅というものは入念な下調べと準備が必要なものです。茶を飲んだ後にホイホイ出掛けるものではありません」

「そんなことないわ! 旅の始まりというのはいつも突然なものよ! 迫り来る悪の手や、過去の因縁から唐突に殺されるお父様、そういったきっかけに迫られて旅に出るのよ!」

「さすがに不敬罪で怒られますよ、殿下」


 王女の父は当然、王である。唐突に殺されるような状況になってはたまらない。そしてキースの知る限り、平和な治世で特に波風を立てることもなかった王に、過去の因縁があるようにも思えなかった。


「今日の午後は裁縫と音楽と夕食だけしかありません。旅に出るきっかけがないので、諦めてはいかがかと」

「それが問題なのよキース! わたくし、生まれてこのかたずっとこうやって平和に暮らしてきたわ」

「よろしゅうございますね」

「民が反乱を起こすでもなく、政略結婚で無理やり嫁ぐこともなく、民衆の星として立ち上がることもなくここまできたのよ」


 キースは、図書室の検閲をもう少し厳しくすべきではないかと考えた。こんな世間知らずに反乱やら政略結婚やらの物語は刺激が強すぎる。


「民が喜んでいるのはとっても良いことだし、周囲の王族とはお姉さまやお兄さまがご結婚されているから空きはないし……でもキース、民衆の星として立ち上がることならわたくしにもできると思わない?」

「定義が不明ですね」


 言葉通りに立ち上がり、第七王女は右手を掲げた。指した先には天井の角があるだけだったが、愛らしいかんばせに夢と希望をたっぷりとたたえてあるせいで、それを見上げたトゥルーテには殿下は国の未来が見えているのではないかと錯覚するほどの佇まいだった。この世界を導く愛らしい妖精に付いていけば何も問題はない、とうっかり信じ込んでしまいそうになり、トゥルーテは自分の手の甲を強く捻って正気を保つ。


「私の名前はステラ。この国を流れ星のように旅して、そして民衆の星になるのよ!」

「流れ星ならどっかに消えてしまいますが」

「さあ、冒険がわたくしを待ってるわ!」


 これは自分では止められそうにないな。

 そう判断したキースは、他者を頼ることにした。


「殿下、殿下が市井を眺めるには、ご許可を得ねばなりません」

「市井を眺めるんじゃないのよ、旅をするのよ!」

「王陛下はご多忙でいらっしゃるので、王太子殿下にご許可をいただかねば」


 提案すると、ステラの顔が曇る。

 少し悩んでから「ではお伺いのお手紙を出すわ」と譲歩した。






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