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記念すべき最初の旅路では12

 キースは静かな廊下を歩き、客室の扉をノックした。

 開けたトゥルーテに軽く頷いて中に入ると、王女はすでに着替えてベッドの上に足を伸ばして座っていた。花茶の入ったカップをふーふー冷ましていた王女は、ちらりと侍従を見て問う。


「どうだった?」

「想像通りでした」


 奇妙な空気になった食堂を王女が辞してのち、カトレアはこれまでの冷えた夫婦関係を甘い空気で溶かしはじめた……ということはなく、夫に対して王女への対応やら部下の扱いの悪さやらこれまでの生活態度やらをこんこんと説教しはじめた。マイジールに対する愛情はたっぷりあるもののそれはそれ、これはこれで厳しく追求しているらしい。


「カトレアさまはきちんとした方だものね。でも、あんな空気になったのだもの。男爵もそうかたくなにはならないはずだわ」

「殿下、男爵夫人がこれを殿下にと」


 キースが差し出したのは、マイジールが献上しようとしていたブローチだった。

 キースが様子見に行ったところ、ブローチの存在を知ったカトレアは夫が何をしようとしたのか察したらしい。青い顔で平伏して謝るカトレアに、キースは「男爵はただブローチを献上しようとしただけだ」と説明をした。


 ダイヤモンドの産地を偽装しようとしたことは、もし公のこととして扱われれば貴族であれ投獄や追放もあり得る重罪ではあるものの、王女はそれを望まなかった。


「男爵はとっても見る目がない方だけど、追放や投獄なんてしたらカトレアさまがとっても悲しんでしまうわ! 彼女が泣き伏していたらお茶会だって開けないし、西ラクレーの地が大変なことになってしまうもの」


 なかなかに私情が絡んでいるものの、キースは王女が満足するならそれでかまわない。幸い、男爵の主張を知っているのはあの場にいた者のみだ。王女がそう決めたのだとわかれば、スイティウス家の使用人で反論を口にするものはいないだろう。

 キースに対してカトレアは深く頭を下げ、王女への感謝の言葉を口にした。ステラ王女がカトレアを高く評価しているように、カトレアも王女の寛大さには日頃から尊敬の念を抱いているのだという。王女の味方が増えることに何の異論もないキースは、特に何もいうことはなく渡されたブローチを持って王女のもとへと戻ってきたのだった。

 今後、マイジールの手綱はきちんとカトレアが握るだろう。


「スイティウス家への殿下のお気持ちに対する感謝の印だそうです」

「まあ、わたくし感謝されるようなことは何もしていないと思うけれど。でもかわいいからもらっておくわ。トゥルーテ、適当にしまってちょうだい」

「はい、ステラさま」


 目玉が飛び出るほどの値段がするものを「かわいいから」で気軽にもらっている。トゥルーテは王女の大きすぎる器に眩暈を感じつつも、受け取ったブローチを丁寧にしまいこんだ。


「夫人が、明日以降の予定についてお尋ねでした。神殿へ出かける前に、数日滞在して休養なさるのであれば、領地の美しい景色を案内するとの申し出です」

「まあ、とっても魅力的なお誘いね! でもわたくし、明日は神殿へ行くわ。3日で帰らないとお兄さまが文句を言うかもしれないもの」

「そう伝えましょう」


 半日の乗馬でケツを随分痛めたはずの王女は、普段なら部下への気遣いもあってちょっと休んでいきたいと言うはずだ。しかしそれでも神殿を目指すと頑なに譲らない。キースは王女が何かを企んでいるのではないかと予想していた。


 丁寧に夜の挨拶をしてから部屋を出たキースは、トゥルーテを呼び止めた。トゥルーテも王女の様子に気が付いていたのか、心配そうな顔をしている。


「殿下が神殿へ行きたがる理由は知っているか?」

「いいえ。霊廟へお参りに行くのが目的というのも……毎年の王女殿下は、さほどお参りに熱心というわけはなかったご様子ですし」

「それは同感だ。……殿下は最近冒険物語ばかり読み耽り、旅に出たいということにこだわりすぎている。神殿の入り組んだ構造を利用して、ひとり逃げ出そうと考えているかもしれない」

「そんなまさか」


 真っ青になったトゥルーテに、キースは頷いた。


「キースさま……、もしそのような状況になっても、殿下を必ず見つけて宮殿へとお戻しくださりますよね?」

「そもそも殿下が我々を追い払えるほどの身体能力はない。が、霊廟には王族しか入れないことを考えると隙はある。王族のみが知る抜け道があってもおかしくはない」

「そんなこと、殿下がいなくなるなんてこと、絶対にあってはいけないことです……」


 トゥルーテは、王女が消えてしまうことを考えて体を震わせた。妖精のような愛らしさに鈴の音の声、そして温かな日差しのような人柄は、善人だけを魅了するわけではない。もしひとりで街を出歩き、不届き者に襲われたとしたら。想像するだけでも恐ろしいことだった。


「取り乱さないように。殿下が逃げ出したとしても、必ずや追いついてみせる。そもそもどこかへ本気で旅立とうとするなら、我々も連れて行こうと考えるはずだ」

「そうだといいのですが……」

「明日までに神殿周辺の地図を覚えておくように。武器も忘れるな」

「わかりました」


 まだ青い顔のまま控えの間に戻ろうとするトゥルーテに、キースはさらに声をかけた。


「トゥルーテ。最も優先するのは殿下の身の安全であり、次に殿下の希望だ。宮殿へ戻るのが殿下の望みでないのなら、それを叶えるのが我々の役目でもある」

「……はい」


 トゥルーテは頭を下げて控えの間へ入る。キースはその様子を見送ってから、明日の準備をするために自室へと戻った。






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