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記念すべき最初の旅路では10

「あなたの悪いところはね、とっても見る目がないところよ!」


 キッパリはっきり言われた男爵は、ポカンとして王女を見上げた。


「み、見る目がない……だと」

「そうよ男爵! しかもあなた、ただの見る目なしじゃないのよ。とってもとっても見る目なしなのよ!」

「と、とっても?!」

「とってもとっても、とーってもよ!」


 強調して言葉を重ねるステラ王女を、侍従は「殿下、そのくらいで」とやんわり止めた。驚きがショックに変わった男爵が、じわじわと悲しみの顔に変わっている。


「……し、失礼ながら、殿下に私の何がわかると」

「わかるわよ! あなた、西ラクレーの魅力もわかってないし、宝石もわかってないし、もう色々とわかってないんですもの!」

「色々と?!」

「とっても色々よ!」

「とっても?!」


 そうよと意気込む王女を、キースはどうどうと宥める。

 使用人が揃っている中で、面と向かって見る目なしと断言されたのである。男爵はもはやちょっと涙目であった。

 

「……私にはちゃんと見る目がありますぞ、殿下!」

「そんなことをお口に出せる時点で見る目がないのよ男爵!」

「ひ、ひどい!」


 金に目がない中年のおっさんなのに、二十歳以上も年下の娘に泣かされそうになっている。そんな主人を持った使用人は、内心複雑な気持ちであった。家令ヨナスは若干辞めたいとさえ思っていた。

 しかし王女は容赦なく言葉を続ける。


「男爵。はっきり言ってしまいますけれどね。西ラクレーの宝石の価値なんてたかが知れていてよ。あんまり質がいいものが採れない上に鉱山はとっても小さいから、無理に掘って景観さえ崩れているわ。王都から少しの休暇に訪れる方々が嘆いているのよ!」

「そ、それは、私の領地でどのようにしようが自由なはず」

「我が国の美しい景色を壊すことが自由なのかしら? なにより男爵、鉱山の宝石の売上金額よりも行楽で訪れた方々が支払う金額の方がうんと高いと知っていてそう言ってるの? 鉱山は無駄に掘りまくっていてそろそろ赤字よ!」

「ななななぜ殿下が我が領地の収支を」


 王女は少し黙って男爵の様子を見る。狼狽えるばかりの男爵は、王女がなぜ内部情報に通じているのか見当もつかないらしい。しかたないので、王女はさらに男爵に現実を突きつけることにした。


「確かにね、西ラクレーは小さいながらも素晴らしい土地よ。でもね男爵、それはあなたが思っているような作物の質や、宝石の等級のせいではないのよ」

「な……で、ではなんだとおっしゃるのですか?!」

「心当たりはあるかしら? 男爵」


 問いかけられた男爵は、虚をつかれたように黙った。しばらく視線を泳がせて使用人たちに助けを求めてみたものの、誰もが黙って状況を見守っている。うっかり目が合った王女の侍従はまだ厳しい目を自分に向けていたので、男爵は慌てて視線を逸らした。

 それからハッと気付く。


「も、もしや、西ラクレーが優れているのはすべてこのマイジールの人徳だと」

「なんですって! もう! 男爵あなたという方はもう!」


 王女は怒りに任せて男爵に近付き、その胸ぐらを掴もうとした。しかし男爵の酒樽のような腹はピクリとも動かず、パツパツなシャツは王女の握力では掴みきれない。驚いて固まっている男爵を前に、王女はすっと姿勢を正した。


「キース!」

「御意」


 王女の侍従は従順に意を汲み動く。トゥルーテは剣が使われるのではと緊張したけれど、キースが手に取ったのは剣ではなく男爵の胸倉だった。


「どうしてそんな考えになるのよ男爵?! わたくし、とっても不思議で仕方ないわ! そしてなんだかむかむかしてしかたないわ!」


 まくし立てる王女の隣で、キースが男爵の胸ぐらを掴んでぐらぐらと揺すった。非力な王女の代わりに、男爵の頭がぐわんぐわん回るほどに揺らしている。


「あなたの領地の素晴らしいところは、人よ! 人々がとっても素晴らしいの! これほど素晴らしい方々に囲まれていて、どうしてそれに気が付かないのかしら! ちょっと男爵、ちゃんと聞いていらして?!」

「ス……ステラさま、キースさまの腕力は男爵には少々激しすぎるのでは」

「あらそうだったの。キース、ちょっとぐわんぐわんを緩めてあげてちょうだい」

「はい、殿下」


 キースが手を離すと、目を回した男爵はへたりこんだ。家令ヨナスは助けに行くべきか戸惑う。王女はお怒りの様子ではあるものの、剣の出番はないこの状況なら主人の介抱を願い出てみてもバチは当たるまいと口を開こうとしたその瞬間、ヨナスは玄関の方の騒がしさに気が付いた。この場をメイドに任せて静かに下がる。


「聞いていらして男爵? 西ラクレーは古くからの交通の要所。かつて様々に国が分かれていた頃から、あちこちの人々がここに集まったわ。そうして作られたこの街は、王都にはない独特の自由さと、何より街を自らの手で作り上げていく熱意を持った民が集まっているのよ!」

「はひ……」

「突出した名産のないここで熱意をもって技術を磨く人々、特に宝石の加工職人はとっても優秀だわ。このブローチの石も、西ラクレーの職人のものでしょう? これほど精密に加工できる職人が他にどれだけいるかしら? そして、その職人たちが有名な鉱山へ引き抜きをされているにもかかわらず、どうしてこの西ラクレーに留まっていると思うの?」

「そ……それは……」

「あなたの人徳だなんて二度もおっしゃったら、とっても痛いビンタをしますわよ。キースが」

「ヒッ」


 王女の後ろに控えながらもスッと右手を持ち上げたキースを見て、男爵はまた息を呑んだ。もはや男爵は王女に問いかけられた言葉の意味もよく飲み込めていないようだ。

 王女が答えを教えようとしたとき、ドアが開いて家令ヨナスが戻ってきた。

 やや慌てた様子ながら、王女へ深々と礼をする。王女は走ってくる足音を聞いて、男爵へ促した。


「ご覧になって、男爵。西ラクレーが素晴らしい理由の要にいらっしゃるお方を」






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