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記念すべき最初の旅路では8

「う、嘘……とは、どういう意味でしょうか?」


 酔って赤かったマイジールの顔が、みるみる青くなっているのをキースは確認した。キースはナイフを握ったままの右手をそっとテーブルの下に隠し、周囲を見る。食堂にいる使用人は18人。全員から攻撃されることになれば手こずるだろうが、恐らくそうはならないだろうと予想する。ここの家令は理性的なので、王家に歯向かうことはしないだろう。むしろ緊張感を察して、有事の際は体を張ってでもマイジールを止めるかもしれない。

 それでも出入り口に立つ騎士はどう動くかわからない。キースは王女の安全確保と、男爵の身柄を拘束する動きを頭の中で何度か確認した。トゥルーテを見ると、不安そうな顔ながらも同じくすぐに動ける体勢をとっている。


 なるべく穏便に事が済み、すべて王女が満足のいく結果に終わりますように。

 そう願いながら、キースは主の出方を待った。


「あら? 男爵、もしかしておわかりでないのかしら?」


 やや張り詰めた空気の中で、王女はこてんと首を傾げた。ぱちぱち瞬く紫の目は心底不思議そうだ。王女ひとりだけを見れば、他愛のないなぞなぞを話題にしているようにも思えるほどだ。

 しかし王女の細い指はブローチのダイヤモンドを指し、小さな口はあっさり事実を告げる。


「この宝石は西ラクレーで採られたものではなくってよ、男爵」

「な! 何を根拠に!!」

「だって見ればわかるもの。これはどう見ても南の山脈……おそらくピドツ山の東で採れたものだわ」

「そそんな、でたらめを言われても困る」

「どうしてでたらめなの?」


 王女が心の底から不思議に思っていることは、キースにはわかっていた。

 西ラクレー鉱山で採れるダイアモンドは量が少なく粗悪品も多いが、一級品がまったく採れないわけではない。ここ数十年は全く記録がないものの、王女の手のひらの半分ほどを占めるような大きさの一級品も、大昔ならあるいは採れたかもしれない。

 しかし、いかなる一級品の宝石であろうとも、王女を前にその出自を偽ることはできなかった。


「この輝き、西ラクレーのものとは全然違うわ。そうでしょうキース?」

「はい、殿下」

「か……輝き?」


 透明度の高い一級品のダイアモンド。その研ぎ澄まされた輝きを見て、王女は簡単に産地を見分ける能力を持っていた。

 なにしろ王女である。本人が誕生する前から、ステラ王女は一級品の宝石を保有していた。細やかな宝石で飾られたモビールがベビーベッドの上で回り、貴族でさえそうそう手が出せないような巨大な宝石をしゃぶったり投げたり星形に切り取った穴から木箱に入れたりしながら育ったのである。

 さらに王女は末娘だったこともあり、同様に英才教育された兄王子や姉姫たちからよってたかって遊んでもらった。遊びの中に「産地当てっこ」というものがあり、それが兄姉の間で流行っていたこともあって、王女の生まれて初めての言葉は「パパ」ではなく「イドチュ」つまりピドツとなったほどだった。ちなみにその話を聞いたピドツ侯爵は王女にまた巨大な宝石をプレゼントした話は有名だ。


「このダイアモンド、キラキラがつんしゅーんっとして雪風みたいでしょう? 西ラクレーはもわもわしゅわっとしているのだから、全然違うわ」

「は……?」


 惜しいのは、王女の英才教育が早すぎたせいで、宝石に対する鑑別方法が独自すぎる表現になってしまうことである。


「ほら、この角度からこう光を移動させたとき、つんしゅーんっ! となっているでしょう?」

「は、いや、あの……」

「西ラクレーのものなら絶対こうはならないわ。とってももわっとするはずだものもわっ……とよ!」

「はぁ…………」


 トゥルーテは困惑しきっている男爵の顔を見て内心同情した。王女の摩訶不思議な表現方法は、どんな一流の宝石商でさえ未だに理解できていない領域だ。腹心であるキースだけが王女の形容を完璧に理解している。

 キースの王女への深い理解と宝石を見る一流の目をトゥルーテは羨ましく思うときがあるものの、真顔で「殿下、これはふわきゅむ! ですからギード王国産ですね」などと言っているキースを見るとき、トゥルーテは笑わないよう努力するので精一杯になってしまうのだった。


「ともかく、これが西ラクレーのものでないのは確かなことよ、男爵。どうやら勘違いしていらっしゃるみたいね?」

「……で、でたらめだ! これは我が領で採れたものだ!!」


 マイジールが叫ぶと、周囲の人間は王女を除いて全員が呆れた。

 王族を前に偽り続けると死を招くなんてことは、子供だって知っている。

 いつそうなるか、どうすべきかを全員が探る中、王女はまたぱちぱち瞬いてからにっこり笑い、ぱちんと手を叩いた。






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