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記念すべき最初の旅路では4

 街道そばに生える大きなリンゴの木。

 雨季には道ゆく人々の屋根となり、秋には黄金色の実で行き交う人の休息のお供となるその木の下で、ステラ王女は閉じていた目を開けた。


「わたくし、とっても疲れたわ!!」

「でしょうね」


 キースは馬たちに餌をやりながら頷いた。

 馬を走らせてはいなかったものの、一行は休憩を極力取らずにここまでやってきた。今までの移動では馬車でちょっと走らせてはやれお茶だ食事だと休憩しまくる方式だった王女にとっては、かつてない過酷な旅と表現しても過言ではない。


 乗馬用ドレスは内部がキュロットになり、中綿が入っているとはいえ、長時間乗れば尻は痛むしひ弱な内腿は震える。3度目の休憩を終える頃には、ステラ王女の足取りはフラフラになっていた。

 これほどの疲れが、折りたたみ椅子にちょっと座った程度で回復するはずもない。


「ステラさま、大丈夫ですか? もしおつらいなら、今からでも王都へお戻りになったほうが……」

「いいえダメよトゥルーテ。わたくし……この程度でへこたれはしないわ」


 明らかに疲れた声ではあるものの、王女は帰るつもりもないようだ。トゥルーテはお茶を差し出しながらも、王女の決意の硬さに内心涙した。王女はいつも気高い。


「とはいえ、わたくしとっても疲れたわ。まだ神殿に着かないのかしら?」

「道程はあと半分ほどです、殿下」

「そんなにかかるの?! 馬車ならあっという間なのに!」

「手綱握ってると遊んで暇潰しもできませんからね」


 普段なら、王女とキースが向かい合ってカードゲームをしたり、お喋りをしている間に目的地に到着してしまう。しかし鞍に座っている状態ではそれも難しかった。口を動かすだけなら大丈夫だと最初は明るくお喋りしていた王女も、疲労が蓄積されるにつれて静かになったのである。


「殿下、今からでも馬車を調達しますか? 騎士たちを呼べば王宮から持ってきてくれるでしょうし、少々劣りますが近隣の村から借りることもできます」

「とっても魅力的な提案だけれど、それもなんだか悔しいわ……引き返す騎士を待っている間に、神殿についちゃうかもしれないし……」


 だから最初から馬車にすればよかったのに、という視線をもらいそうで、王女は素直に提案を呑むことができなかった。変なところで意地を張っている。


「物語であったけれど、通りすがりの方が乗せていってくれないかしら。旅人は荷馬車で、積まれた藁にもたれて束の間の休息をとるのよ」

「殿下、この辺りの畑は坂になる小道が多く、荷運びはロバか人力の荷車が多いのでそれは無理かと」

「斜面の果樹畑は我が国の誇りだけれど、ちょっといただけない部分もあったのね! この際、商人の荷馬車でも構わないわ!」

「殿下、ここを通る商人の荷馬車は、王都で積み込んだ荷物で人が乗る余地はありません」

「市場に活気があって結構なことね!」


 王女は立ち上がったものの、直立しているのもつらいほどに足が軋んでいる。もうこれ以上馬に乗れる気がしない。そう言えばキースが抱き上げて馬に乗せていってくれるだろうけれど、それだって疲れるし、そもそも旅人がそんなことでは旅などできない。

 王女は華奢な指を組み合わせ、リンゴの枝の向こうに見える青空に祈った。


「ああ……この健気なわたくしを憐れんで、神が座り心地のよい馬車を今すぐここに持ってきてくださらないかしら。神よ、わたくしこれから、あなたさまへお祈りに行きますのよ。少しくらいお恵みをくださってもかまいませんわ」

「殿下、神に対して物理的な恵みを強請らないでください」

「わたくしの祖先のみなさま、どうぞこの哀れな王女にふかふかの椅子をお恵みくださいませ」

「夢枕で怒られますよ殿下」


 王女が口にした願いは神官が聞いたら憤慨しそうなことであったし、一瞬前によぎった旅人のプライドなどもはや保てるほど王女の体力が残っていないことも示していた。いっそ寝ている間に運んでもらいたいほど疲れているのだ。

 そんなか弱く(疲労のせいで)震える愛らしい王女の願いを神や祖霊が聞き入れたかどうかは定かではないが、キースは街道の彼方からかすかに轍の音がすることに気が付いた。


「殿下」

「神よ……どうかしたのキース」

「馬車が来ます」

「まあ!」


 王女がぱっと笑顔に戻った。王女一行が歩いてきた方角、王都の方から、馬が走る音と牽かれている馬車の出すガラガラという音が段々と近付いてくる。かすかに見える影からして、馬も多く馬車も大きい。庶民の荷馬車ではないようだった。


「やったわ! やはり天にいらっしゃる神と祖王さまはお優しいわね!」

「いやそうとは限りませんよ」

「キース、疑ってはダメよ。わたくしの信じる心によって、あんなに立派な馬車が迎えにきてくださったのだもの!」


 めっ、と人差し指を立てた王女に、キースは遠い目をした。

 どう考えても豪華すぎる馬車が、あれほど急いで街道を走っている理由。明らかに、貴人を乗せて運ぶときの速度ではない。

 つまりあの馬車は、これから貴人を乗せるために走っているのである。


「キースさま……」


 トゥルーテも察したらしい。心配そうに声をかけてきたメイドに、キースはため息を吐いた。馬車はあっという間に近付いてくる。


「ああ、よかったわ。キースもトゥルーテも疲れたでしょう? 一緒に乗せていただきましょうね!」


 これ以上ない貴人である王女は、馬車の到着を無邪気に喜んだ。






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