桃色珊瑚の宮殿の中では1
あるところに、大陸の半分ほども占める王国があった。
大国ムヴェナルカナ=サフィリア王国は暖かな気候に抱かれ、戦の記憶ははるかに遠く、民は肥沃な大地と活発な商業により豊かに暮らしていた。
その王国の中でもひときわに豊かなのが王都ムヴェ。
豪華絢爛にそびえ立つ王宮、その広大な敷地の後方、南側には中央に王のおわす黄金宮、その両脇を固めるように王子の宮殿が並ぶ。さらにその背後に並んでいるのが姫君のための宮。姫が何人生まれようとじゅうぶんなように、色とりどりに美しい小さな宮殿が揃えられていた。
そのもっとも東側に位置する宮殿は、ひときわ愛らしいピンク色。珊瑚真珠を砕いて造られたレンガは美しく磨き上げられ、花々は常に整えられている。
桃色珊瑚の宮殿には、それにふさわしい、美しくて愛らしい末姫が暮らしているのだった。
「——とぉってもお暇だわっ!」
星空の天井、青空の壁紙に、ピンクのファブリック。
カワイイに全振りした部屋の中で、鈴のような声が高らかに響いた。
「わたくし、とっても暇なのよ!!」
春の午後に降り注ぐ日差しのように光り輝く金色の髪、みずみずしく透き通るような肌、そして宝石のように輝く紫色の目。小さくツンと通った鼻筋とほんのり色付いた唇が完璧に配置された愛らしいかんばせは、多くの人々から溜息と称賛を集め、そして絵師を泣かせてきた。
王国の小さな妖精と讃えられた姫は今、頬をぷっくりと膨らませ、そばに立つ侍従を見上げて、自身の座るソファの肘置きを叩いてみせた。
「聞いてるの?!」
「聞いております、我が殿下」
誰しもがその意を汲みオロオロと暇潰しを探してしまうであろう訴求力の高い姫を前に、その侍従はまるで鋼鉄かのように動じることなく立っていた。
姫よりは暗い金髪に、小麦色の肌。彫りの深い顔立ちは、異国の者であることと、これまた目を引く美形であることをひと目でわからせるものであった。背が高く鍛えられた躯体は、背筋をピンと伸ばし、手を後ろで組んで、主君の前で微動だにせず話を聞いている。輝くばかりの姫と侍従の姿は目に麗しく、その絵画は市井で王の肖像画よりもよく売れると有名だった。
「キース、知っていて?」
「いいえ」
「まだ何も言ってないでしょ!」
もう、と姫が怒る。侍従はそれでも表情を変えずに立っている。
「人はお暇が過ぎると死ぬそうよ」
「殿下、それは事実ではありません」
「どうしてわかるの?! 現にわたくしは今とっても退屈で死んでしまいそうなの! だからキース、わたくし決めました!」
侍従キースは表情を一切変化させないままでありながらも、内心嫌な予感がした。
主である第七王女がこういうことを言い出すときは、大体ロクなことにならないのである。
「わたくし、旅に出るわ!」
「……失礼いたします。お茶の準備が整いました」
小さく細い手をグッと握りながら立ち上がり宣言した姫君に、入室したメイドが声を掛ける。
侍従は黙って頭を下げて手を差し出し、主君をティータイムへと導くことにした。
あわよくば、甘ったるい菓子と茶がアホみたいな願いを胃袋に流し込んで消化してくれますように、と願いながら。