【第六話】島根県民、勧誘を受ける
「わざわざ来てもらってごめんなさい・・・。理事長先生は忙しいから学校であった時に改めて挨拶しようかなと思ってたんです」
「気遣いができるところはアトリくんの美徳だが、過ぎた気遣いは子どもには不要だよ。大切な教え子がこうして無事に帰ってきたんだ。誰よりも先に祝福させてもらいたかったものだね」
「うう・・・」
理事長は肩を縮こませるアトリちゃんを嬉しそうに見つめながら、彼女の隣の席に座った。口ぶりから所作に至るまで、そのどれもが気品を感じさせる。エルフという種族の神秘性が為せるもの・・・なのだろうか。
「本当に、本当に良かったよ。・・・君には何と礼を言えばいいか分からない。彼女に関して言えば、我々はどこまでも無力だったからね。名前を伺っても?」
彼女に促されたのでお互いに軽く自己紹介とここまでの経緯の説明を済ませる。
「―――石飛殿は今日ここに来たばかり。パルマトーラの知識に関してはアトリくんの口頭説明である程度把握している。今後の予定は未定、と」
「まあ、そうですね。俺としてはいつまでもアトリちゃんの世話になるわけにも行かないですし、こっちの言語を覚えながら冒険者になろうかなと思ってます。・・・個人的な興味もあるので」
「ふむ。冒険者・・・ねえ」
「・・・何か冒険者は良くない感じですか?」
「いや、職業選択は自由だとも。むしろ見聞を広めるという意味で言えば冒険者は最適な立場だし、世界を回ってみるのも面白いと思うよ。ただ、選択肢をもうひとつ加えてあげようかと思ってね」
「選択肢?」
「単刀直入に言おう。君、うちの外部講師にならないかい?」
「太一さんが魔法学園の講師に!?」
それまで静かに話を聞いていたアトリちゃんが驚きの声を上げた。
「確かうちの講師の採用はとっても狭き門で、何千人という志望者から数人しか・・・年によっては誰も採用しないって話を聞いた気がしますけど・・・」
就活氷河期と言われた日本でもびっくりな採用率の低さだ。ダメ元でも履歴書送らないぞそんなとこ。
「それはそうだとも。私の目が黒いうちはどこの馬の骨とも分からない凡人を採用することはないさ!」
理事長が胸を張る・・・おお、結構ご立派でございますね。いやそうではなく。
「俺なんかまさにどこの馬の骨ともわからない存在だと思いますけど・・・」
「君に関しては何の骨かも分からない未知の存在だろう。だからこそ個人的な興味があるわけだが。異世界人なんて私も長い人生で初めて見るからね。できれば手元において観察したい。常に。なんなら今すぐ。ぐふふふ・・・!」
「り、理事長先生・・・?」
「おっと失敬」
彼女の瞳が怪しい輝きを放ったような気がした。やはり魔法学校の理事長なだけあって、魔法の研究に熱心な方なのだろう。俺を見る目がそれを物語っている。好奇心で今にも飛びかからんとする、そんな子供の目だ。背筋に冷たいものが流れる。
「えー・・・つまり、手元に置くための体裁として講師になれと、そういうことでしょうか?」
「察しが良いね。・・・まあだいたいそんな感じだよ。ちゃんと給与も支払うし、働き次第ではボーナスも約束しよう」
「それはありがたいんですけど、働き次第って・・・俺何も教えられることなんてないですよ?」
「勿論君に魔法の指導なんてこれっぽっちも期待しちゃいないさ。君の仕事は別にある」
彼女は俺に頼みたい仕事について語り始めた。
ルトルツカ魔法学園には現在、魔法を学ぶ生徒たちが在籍するクラスとは別に、彷徨者の生徒だけが在籍するクラスがあるらしい。人数は少ないが、どの生徒も自分の魔法を目覚めさせる方法に問題を抱えているとのことだ。
「みんな【固有適正】持ちでね。魔法の発現までに難儀することが多いんだ」
「固有適正・・・そういえばさっきアトリちゃんもそんなこと言いかけてたような」
「ざっくりといえば、その人だけの特別な魔法適正といったところかな」
「魔法適正?」
「ああ、その説明はまだだったね。
ふむ・・・語ると長くなるが、人が生まれながらに身に宿す魔法の才能を【魔法適性】と呼ぶんだけど、本来魔法適正はある程度決まった【共通適正】しか存在しないんだ。【炎】とか【水】みたいなね。
けどごく僅かな確率でその括りからはずれた適正を持った人が生まれてくることがある。彼らが持つ魔法適正こそが【固有適正】さ」
なるほど。例えば俺の固有適性:【島根県】もまた、この世界の枠組から外れた珍しいものらしい。そりゃそうか。
「固有適性は共通適正と違って、個人差がありすぎるから魔法を発現させるまでのプロセスの確立は難しい。よって魔法習得に時間がかかることが多いんだ。それこそアトリくんは良い例だね」
アトリちゃんの固有適正:【異世界交流】は俺に出会うまで魔法を発現させることはなかった。・・・出雲弁やら翻訳機能やらを魔法と呼ぶのは少し変な気もするけど。
それはともかくとして、普通に暮らしていたり情報を集めるだけでは魔法を発現できない、曲者な魔法適正を持った子どもたちがまだ他にもいるらしい。
「固有適正持ちは魔法を発現しにくい分、強力な魔法を覚えることが多い。可能性に溢れながらも彷徨者として苦しむ生徒たちが魔法を発現させるまで・・・その導き手を君にお願いしたいんだ」
「お、俺に務まりますかね?そんな大役」
「むしろ下手に先入観にとらわれない異世界人である君のほうが案外うまくいくのではと期待している。我々とて尽くせる手は尽くしてしまったしね。彷徨者の生徒たちのクラスに限り、彼らのためになりそうな外部講師は人格や経歴問わず積極採用しているから、そう気負うこともないよ。
深く考えず、軽い気持ちで引き受けておくれよ。我々に必要なのは知識ではなく象徴。悲しい運命から解き放ってくれるヒーローなのさ。そうだろアトリくん?」
「ふぇ、あ、はい!そうです!」
急に話を振られて生返事をしてしまうアトリちゃんが可愛らしくてベネ。
まあ、冷静に考えると今こうして彼女が気を抜いていられる事自体が奇跡のような話なのか。曲がりなりにも俺はこの少女の命を救ったのである。
自分と同じ苦しみを持った同世代の子が救われた。
その事実だけでも、今も苦しんでいる子どもたちには希望になるかもしれない。
多くの外部講師のうちの一人ということであれば責任もそこまで大きくないわけだし、答えはすでに出ている。
「分かりました。自分に何ができるかはわかりませんが、せっかく頂いたお役目です。精一杯応えさせていただきます」
「うむ。良い返事だ。詳しくは後日説明しよう。早速面倒を見てもらいたい生徒もいるしね。期待しているよ石飛太一殿。さて、私は行くが・・・おっとその前に」
席を立った理事長がふと何かを思ったように立ち止まった。
「アトリくん。君への指導だが、これからも我々から教えられることは少ない。基本的には石飛殿との交流、その他異世界の事物に関する見聞を広めることが、君の持つ力を開花させていくことになるだろう」
「はい!がんばります!」
胸の前でフンスと拳を握るアトリちゃん。やる気が伝わってくる。
「そこでだ。私の個人的な興味と経験則から予想するに、交流の仕方に関しては精神的、肉体的にそれぞれアプローチをしていくのが最善だと思う」
「・・・あのぅ、どういうことでしょうか?」
「うむ、そうだね・・・」
理事長は顎に手を添えて何やら考えを巡らせている。そして何か答えが見つかったらしくさっと視線がアトリちゃんを捉えた。さて、俺にも関わる話だ。よく聞いておかねば。
「まずは試しに、これから毎日同衾したまえ」
同衾。一つ夜具の中にともに寝ること。同床。ともね。特に、男女がいっしょに寝ること。
いや、ちょっ待て教育者!?