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【第二話】彷徨者が聴いた福音

 【パルマトーラ】


 それが私達の住む世界の名前だ。


 「知恵」と「探求」


 人々が一概にこの世界を語る時、大抵はその2つの言葉が枕詞になる。



 この世界には「魔法」が存在する。



――――ある者は燃え盛る炎を見て、手から火をだすことができるようになった。

――――ある者は泥で人形を作り、泥人形を動かし使役できるようになった。

――――ある者は稲を地面に植えて、植物の成長を早めることができるようになった。


――――ある者は水を、雷を、岩を、毒を、氷を・・・・・


 この世界の人々は自分の生まれ持った才能に見合った何かを「探し」「求める」ことで、自然の摂理に逆らった超常的な力を手にすることができる。



 この世界の「魔法」は進化する。



――――炎を見て、火の粉

――――炎に触れて、火柱

――――炎に焼かれて、業火



 この世界の人々は手にした力を「知り」「さとる」ことで、更にその力を強めることができる。


 誰もが皆、才能を持っている。

 誰もが皆、探求すべきものを知っている。

 誰もが皆、知恵の在り処を探している。

 誰もが皆、生きる意義を魔法に見出している。





 だから、なのだろう。




 探求すべきものも、知恵の在り処も分からないから





――――――私は、生きることを許されないのだ。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「アトリや。出発の時間じゃよ・・・。」




 年老いた祖母のかすれた声が私の思考を分断した。

 家のドアは開けられており、外から数人の男がこちらを眺めているのが分かる。そのいずれも私を憐れむような、あるいは諦めたかのような、そんな視線だった。


「はい。おばあちゃん」


「・・・・うぅ」


 家の外に出ようとする私の背に、祖母のかすれた嗚咽が聞こえてきた。これが今生の別れになる。仕方がないことと決心はついていたが、祖母の声に、私も胸をきゅっと掴まれた気分だった。


「もういいのか?」


 男の一人が私に問いかけた。


「はい。すでに覚悟はできています」


「そうか・・・。長らくの彷徨(ほうこう)。ご苦労だった」


「はい・・・」



 彷徨。


 当て所なくさまようこと。

 

 私のように、己の才能に見合った【何か】を、いつまでたっても見つけられずにいる人間は、【彷徨者ほうこうしゃ】と呼ばれる。


 彷徨者にはとある言い伝えが存在する。


 曰く、彷徨者は15歳を迎えてはならない。一人でも15歳をこえると、世界に大いなる災いが降りかかるから、と。


 私は今日で14歳最後の日を迎えた。

 

 私が今日中に死ななければ、なにか世界を揺るがすような不吉なことが起きるのだと、私も含めて多くの人々が信じていた。


 私は今日死ななければならない。


「ギリギリまで粘ったが、最期まで君は彷徨者のままだったな・・・」


「この街の彷徨者の最期は、街はずれの祠で迎えることになっている。せめて、その魂が安らかに眠れるよう、俺達が最期まで面倒を見てやるよ」


 男たちに囲まれる形で街を出て、桟橋を渡っていく。彼らは私が逃げ出さないように『面倒を見ている』のである。もちろん逃げるつもりはない。遅かれ早かれ見つかって、殺されるのだから。

 やがて湖の辺につき、道を抜け、獣道をかき分け、目的の場所が近づいてきた。



「さ、着いたぞ」



 目の前には小高い丘をくり抜いてつくられた小さな祠があった。祀られている女神像の前の石段には一本の剣が突き立てられている。


―――彷徨者の命は、聖剣の一突きで鎮魂する。


 話に聞いていたとおりだった。


「おお・・・!言い伝え通り、彷徨者を突き刺すときだけ、この剣は抜けるのだな・・・」


 剣を石段から引き抜いた男から、驚嘆の声が漏れた。

 彷徨者は15歳までに死ななければならないという言い伝えが、ただの風説ではないということを改めて知ったとも思える言い様だった。



「・・・・では彷徨者の鎮魂を行う」


「はい」


「言い残すことはないか」


「ありません」


「・・・・君の魂が、せめて来世で報われることを祈る」


 彼の言葉とともに、剣先が空を切り裂く音が耳を打った。


 時間がゆっくりと流れているように感じる。


 私は死ぬのだ。


 今日を迎えるまでに覚悟はしてきた。

 何度も泣いて、何度も嘆いて、何度も挫折して。

 彷徨者という自分の運命に抗い続けた。


 手を火鉢に突っ込んだ。手から火は出なかった。

 氾濫する川に飛び込んだ。水を操ることはできなかった。

 刃物で体を傷つけた。爪を伸ばして刃にすることはできなかった。

 三日三晩休むことなく走り続けた。人並み外れた膂力は得られなかった。


 ずっと、ずっと、ずっと。

 当て所もなく彷徨さまよい続けた――――





 でも、それも今日でおしまい。





 これでやっと、解放される―――――ドドドドドドーッッ――――うぇぇえっ?







「うわっ!?何だ!?上から水が・・・!」


「うわっぷっ!げぇ!!!何だこの水、塩水じゃねえか!?」


 突然のことに私の思考は完全に停止した。

 急に空から大量の水が降ってきて、私も、男たちも水浸しになっていく。

 い、一体何が・・・・。


「お、おい!見ろ!!せ、聖剣が!!!」


 剣を持っていた男から悲鳴が上がる。

 見ると、彼がもっていた剣がみるみる内に色を変えていく。水にあたったところから錆びていっているようだ。

 たちまちのうちに彷徨者を殺すための聖剣は、ぼろぼろに朽ち果てて原型を失ってしまった。


「ひっひぃぃいい!!!た、祟りだ!!!これは祟りだ!!!災いが始まったんだー!!!!」



 誰かが悲鳴を上げるやいなや、男たちは皆一斉にその場から逃げ出した。

 一方で私は未だに状況を理解できていない。

 何が起こって―――――






「あ~ごめんね嬢ちゃん!その水俺が出したやつだわ・・・まあ言葉は通じてないんだろうけど」





 視界の外、丘の上から誰かが降りてきた。

 見慣れない服を着た男だった。

 身振り手振りで、何かを伝えようとしているが、何も伝わってこない。









<<ピンポーン>>







<<アトリ=ハーヴェントは【パルマトーラ】にて【島根県民】を見つけました

固有適正:【異世界交流】の効果により【出雲弁】が解禁されました>>







 何故なら、この時私の心には、今まで聞いたことのない声が、今まで聞きたくてしかたがなかった声が響いていたから――――― 

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