【第一話】島根県民、異世界に立つ
「ほほーう・・・。ここが異世界・・・。」
気がつくと、俺は小高い丘の上にいた。晴れた空の下では風になびく木々のざわめきと、鳥の鳴き声だけが響いている。眼下に広がるのは大きな湖。その中央の島には周囲を城壁で囲まれた街がある。
ああいうの、水の都っていうんだろうか。旅番組で何度か目にしたことがある、ヴェネチアだっけ?そういう暖色のレンガを敷き詰めましたみたいな色合いの町並みだ。
昔から異世界系のラノベやアニメなんかを見聞きしているからか、直感的にここが中世のヨーロッパ風典型的異世界なんだろうと想像してしまう。
少なくとも現代の日本ではないことは確かだ。
「うう~ん。しかしあの湖。なんか形に見覚えがあるような・・・。」
丘から湖を眺めながら何となく思う。デジャヴ・・・もといノスタルジーを感じる形だった。
妙に人工的な雰囲気を感じる護岸整備が施されている。中央の島の上には街があるようだけど・・・。
「あ、思い出した。中海だ」
<<ピンポーン>>
「!!!」
湖の様子から中海を連想した俺の脳内に、クイズの正解音が鳴り響く。
<<石飛太一は【パルマトーラ】にて【中海】を見つけました
固有適正:【島根県】の効果により【中海召喚】が解禁されました>>
続いて機械的なアナウンスが脳内に響く。
び、びっくりした・・・・。いや、なんだよ。中海召喚って・・・。
依然として状況は飲み込めないが、今起きている現象だけは理解できる。
どうやら俺があの湖を中海と認識したことが、意味不明な力【島根県】とやらの琴線に触れたらしい。まるでゲームで特定の条件をクリアした時にトロフィーを獲得したときのような、そんな感覚に近い。
最初に聞こえた【パルマトーラ】という聞き慣れない単語。・・・察するにおそらくそれがこの異世界の名前なんだろう。
続いて聞こえてきた言葉には馴染みがある。
【中海】
それは我が地元島根県の右端。鳥取との丁度県境に位置する汽水湖だ。細かい歴史に関しては俺もうろ覚えでよくわからないが、少し前に土地開発関連のことで話題になった湖であるということはなんとなく知っている。
【召喚】
これは言わずもがなだ。「コール」とか「口寄せ」とも言い換えができる。ここにいない何かを呼び寄せる魔法とか忍術的なアレのことだろう。
・・・・・・うん。すごいな。聞き慣れた単語と聞き慣れた単語が組み合わさった瞬間未知のものが出来上がってしまうんだもん。
なんだよ【中海召喚】って。
しかし、何でまた異世界に中海があるのだろうか。いや、そもそもこの湖は中海なのか?確かに湖の形は中海に似ているし、中央の浮島みたいな街は大根島に似ている気がする。けど、海につながっているようには見えないし、少なくとも俺が知っている大根島は牡丹と雲州人参の名産地だ。某華道家が毎年訪れることでお馴染みの日本庭園由志園で有名な観光地であって、あんなレンガ仕立ての洋風の街じゃない・・・・・
<<ピンポーン>>
<<石飛太一は【パルマトーラ】にて【大根島】を見つけました。
固有適正:【島根県】の効果により【大根島の加護】が解禁されました。
能力上昇:石飛太一の事前知識により【大根島の加護】は【大根島の祝福】に進化しました>>
た、立て続けだなぁ!!??・・・・ん?いや待て!!!
そこは【大根島召喚】じゃないのか!?
いや何だ【大根島召喚】って!!
どっちにしろ訳わかんねぇよ!!!
・・・・ふう、落ち着け俺。
システムは理解できたんだ。システムは。
要はこの世界に地元を感じれば能力が解禁されるよって話だろう。
細かいスキルの名前については、一度考えるのをやめよう。
多分今ある情報では答えが出ない。
まあここは引き続きゲーム的な思考に従うとするか。今の状況はいわばチュートリアル。となれば考えるよりも実践が一番だ。
「えっと、じゃあ。【中海召喚】!」
声に出しながら、こんな感じかなと雰囲気で手を前にかざしてみた。気持ち腹にも力を入れてみる。
「?なんだ。何も起こらない・・・・」
ドドドドドドーッッ!!!!!!
一拍おいて、掲げた手のひらから水が吹き出した。
まるで蛇口を指で塞いだときのような勢いで、それとは比べようもないほど大量の水が。
「うわ!?なんだ!!!!!こりゃ!!!!と、止まれ!!!!」
俺の念が通じたのだろうか。水はすぐにその勢いをとめた。
前方には、丘から流れ落ちる一抹の滝と、それに続く川ができていた。
【中海】を・・・【召喚】する・・・。
「な、なるほど?大量の水を呼び出すわけだな・・・」
そのまんまだなーとか思いつつ、ふと先程の水で濡れた指先を舐めてみた。
「・・・・・うん。しょっぱいな」
よし。じゃあ次は大根島の方だな。そう思ったときだ。
―――「かづいbfdsbldcld!!」
「ghsvdかgづc!!」
「かdxbkscかで⁉」
「cでゃycづgwyqzxtえびょc7ー!!!!」
ひとりごちる間もなく、丘の下から複数の声が聞こえてきた。
俺が今いる丘は鼠返しのような傾斜がついていたらしい。身を乗り出して確認すると、数メートル下、丁度死角になる位置にこの土地の住人らしき人物が数人いた。蜘蛛の子でもちらしたかのように、いずれも慌てた様子で湖の街の方へ逃げていく。
・・・うん。聞いたことがない言語だった。
まるでキーボードをめちゃくちゃに叩いた感じの・・・。
異世界って、中世ヨーロッパ的な場所でも、言語は日本語が通じるっていうのが暗黙の了解になってるもんだと思ってたけど、ここはそうじゃないのだろうか。
まいったな。ここがオリジナル言語系の異世界となると、住民への聞き込みが難しくなるから、状況を整理することも大変になるぞ。
・・・おや?女の子が一人残ってるな。
どんどんと背中が遠くなっていく住人たちに置き去りにされたように、ぽつんと一人の少女が取り残されていた。
とりあえず第一村人に話を聞こうかな。そう思って丘を駆け下りた。距離が近づくにつれてその姿がより鮮明になる。
北欧とかその辺あたりの、ゆったりとした民族衣装を着ている。金色の髪の毛に、すっとした鼻立ち。わかりやすい外人さんの美少女。
・・・・もっとも、それらの要素は先程の中海をかぶって台無しになっていた。
塩水でビッショビショになった少女は呆然と、なにか信じられないようなものを見る目で俺を眺めていた。
「あ~ごめんね嬢ちゃん!その水俺が出したやつだわ・・・まあ言葉は通じてないんだろうけど」
身振り手振りで、とりあえずこちらの意図が伝わるかどうかを試してみる。
あーいとぅいまてーん・・・・うん。異世界人はおろか、若い子にも伝わらなさそう。
「き・・・・」
少女が口を開いた。
き?
「きゃんことが・・・ああかや・・・・?」
俺の脳内通訳「このようなことが・・・あるのでしょうか・・・・?」
うーーーわ。めっっっっちゃ、出雲弁。