井戸神様 童話2021
ここは群馬県のとある田舎町。
まだまだ田んぼもたくさんあって、大掃除は近所で手伝うほどのつながりもある。
神社は村の守り神、盛大にお祭りをしたのはもう昔。
最近はちんまりしたお祭りだ。
小学2年生の唯は元気いっぱいの明るさが取柄の女の子。
でも、今日はなんだか…………
「カアカア」父が長七郎と名前をつけたカラスが庭にやってきた。もう朝だ。起きようとしているのになんだか目がおかしい。そう気づいて唯は母の背をゆすった。
「ママ。目の上になにかのってるみたい。左の目があかないよう。なんだかむずむずする」
「どれどれ」隣に寝ていた母は自分の目玉をくっつけるように、唯の目をのぞきこむ。
「あーん。目の上に、蚊にさされたみたいなはれものができてるね」
「かにさされ?」
「そうねえ。また、泥の手で目をこすったりしなかった」
「うう」
きのう学校の帰り道。どろだんごをずっと作っていた。そしてその手で自分の目をこすったのかもしれない。鏡をのぞみこむ。左目のまぶたの上に、蚊にさされたような小さなはれがある。赤い小さな風船みたい。弟のよしも唯の目を見に来た。
「目医者さんですぐ治るよ」
「やだ。目医者さんはヤダ」
唯はあわてて、押し入れの中に逃げ込んだ。
「今日は日曜だから行かないよ。でも、明日は目医者さん行ってからでないと、学校に行けないでしょう? そんな変な目で行ったら、みんなと遊べないよ」
母は説得にかかる。
「いやだ。いやだ。絶対」
「じゃあ、目の上のたんこぶが風船みたいに大きくなるまで。そうしていなさい」
母はもうプリプリしまいに怒りだした。唯はその言葉を聞いて、ますます泣き出した。どのくらい泣いただろう。カラスの長七郎がお昼にまたやってきて大あくびをしている。唯は泣きつかれると、押し入れの中で寝てしまった。押し入れでこんな夢を見た。目の上のたんこぶが大きく大きく風船のようにふくれ上がり唯は空高く上っていく。するとカラスの長七郎が飛んできて。その風船めがけて。ちょこんと口ばしでつつく。やめてといっている間にまっさかさまに空から落ちていく。キャーとさけんでいるところで目がさめた。
見ると、そこにはばあちゃんが、唯の顔を覗き込むようにして笑っていた。
「ばあちゃん。目医者さん行きたくないよ」
「よしよし。そんならなあ。神社の井戸神様にお願いしてごらん」
「井戸神様?」
「そう。ばあちゃんもおてんばさんだったからのお。小さいころよく目かいごさんができたんよ。そしたらね。よくばあちゃんのばあちゃんが教えてくれた。」
「ふーん、目かいごさんていうの?このはれ。そうなんだ。それでどうやるん。井戸神様に」
ばあちゃんは、果物を入れる小さな籠を持ってきた。竹で編んだ茶色い籠。
「これを井戸に持って行って、井戸神様と呼ぶんじゃ。そして井戸に向けて籠を半分だけ見せて井戸神様、井戸神様、目かいごさんを治してください。治してくれたら籠をまーるく全部見せますからというんだよ」
「それだけ?」
「それだけじゃ」
「それで治る?」
「治る」
「それならできる」
「うんやっておいで」
「うん」
唯は籠を持って神社の井戸に急いだ。井戸はまあるい土管を半分に切ったようなかっこうで立っていた。この辺の土地は掘るとすぐ水が出てくるので、井戸の深さも浅い。子どもの背がちょうど立つくらいの深さだ。
井戸は木のふたがのせてあり、さらに大きな石が二つ載っていた。唯は石をゴロゴロ井戸のあちら側にころがして、ドスンと落とした。井戸のふたを開けると、井戸の口あたりまでたっぷりの水がたまっていた。まるい井戸はまるい透明のふたのレンズがのっているように水がこんもりわきでている。
そのレンズには空の雲やお日様のキラキラや、柳の木のゆらゆらする様子をよく映していた。
唯はさっそく井戸に向かってばあちゃんに言われたように
「井戸神様、井戸神さまあ」そういって籠を半分見せた。そう呼びかけると。唯はなんだか、井戸の奥の水のそこに、ぼんやり光るものを見たような気がした。
「井戸神様、目かいごさんを治してください。そしたら、この籠を全部見せますから」とおまじないをかけた。するとまた、井戸の水の底の方でまた、どよどよと何かが動いた気がした。そして唯は家に帰っていった。
井戸の中には井戸神様が住んでいた。井戸神様は、つるつるの頭をなぜながら、「ふう」とため息をついた。
「おまじないはしっかり聞きましたぞ」とぼそりとつぶやいた。
「しかしなあ」神様は今度は長く伸びたあごひげをさすりながら、また一つため息をついた。井戸神様は、昔の力がなくなっていた。
「昔はよく皆がおまじないや願い事をしにきて、お祭りもよくしてくれたのになあ」そう昔は、ここら辺の人たちは、目の病気が出ると、神社のこの井戸にお参りしてお願いし、お供えやお祭りをしてくれた。今ではすっかり、そんな風習はなくなって、おまじないを知っている人も迷信と片付けていた。井戸神様は忘れ去られ、小さくなり、力も弱くなっていた。井戸神様は、でも久しぶりのおまじないの願い事にどうにか答えようと、神社をふらふら考えながら、歩き回っていた。
そこへ、ブンブンと腕を振り回しながら大きな声を出し、何者かが神社の中に入ってきた。大きな声で怒っているようだった。その目は怒りで赤く血走って、白髪交じりのぼさぼさの髪の毛は背中まで垂れ下がり、ふりまわす腕と一緒に髪の毛もバサバサと波打っていた。そのどんどんと踏みつけるような足音は地面を揺らし、小さな井戸神様は地面と一緒に跳んで、その者の前に転げ落ちてしまった。(大変、井戸神様がつぶされる)そう思った瞬間、井戸神様は振り回した腕につかまれた。
「なんだ。井戸神様か」
そういって、血走った眼を少し和らげてその者は井戸神様をそっと下ろした。
「めかりばあさん。おお、もう今日は十二月の八日であったか。めかりばあさん。ひさしぶりじゃのう。また、今日も、ブンブン腕を振り回してどうしたのじゃ」
「どうしたも、こうしたも。わしは福をまいておるのじゃ。だしっぱなしの下駄に判を押して、風邪など引かんようにな。むしろ、人間どもに忠告してやっているのに、あの者たちはわしを災いと呼び、目籠までぶらさげてな。わしをよせつけないように」
「もう人間どもはほおっておいてもよかろうに。めかりばあさんはえらいなあ。えらい。えらい」
「ふっ。子どもが好きじゃけんな。子どもはわしによくなつくお前さんはどうした。こんなところで」
「それそれ、わしも久しぶりにおまじないをされたのじゃ」
「そうか、そうか、まだ、おまじないを覚えてくれる人間もいるのじゃなあ。良かった」
「それがのう。わしはこの通り、こんなにちんまりしてもうて」
「あれ、そういえば、また神様、ちんまりしてきましたなあ」
「それで、目のはれものを治す力もないのじゃよ。おまえさまの力をかしてはおくれでないだろうか」
「そうじゃなあ。わしの力で治せるじゃろか。わしのはこの病をなおすハンコしかないがなあ。これでよかったら、使っておくれなさいよ。これもだんだんと力が弱くなってきておるがの」
「ありがとう。貸しておくれでないか」
「こんなものでよかったら、どうぞ。どうぞ。これをおでこにペタンとすれば、病は治るはずじゃ」
「わかった。おでこにぺたりじゃな」
「そう、ぺたり」二人はにこりとした。
その夜、井戸神様はめかりばあさんのハンコを持って、唯の家に出かけた。唯はぐっすり眠っている。
「よいしょ。そーれ」ぺたりと唯のおでこをめがけて押そうとすると、寝相の悪い唯はゴロンと寝返りをうつ。
「そーれ」と神様がおでこを狙うとごろんと唯は反対側に。
「今度こそ」と神様はやっきになった。ごろごろ動きまわる唯に井戸神様はへとへとだ。心配しためかりばあさんがやってきた。
「まったく、このこの寝相ったら」めかりばあさんは唯の顔を押さえて
「それいまのうち」
「おそれいります。そーれ。ペタン」やれやれやっと、唯のおでこにハンコを押すと、
「うーん」と唯が目を覚ました。大きく見開いた眼は井戸神様と目があった。キョトンとした顔の唯。
「やああ」井戸神様はどぎまぎして
「さよなら」と挨拶すると、井戸神様は鶴に乗って夜空に消えていった。めかりばあさんといっしょに。唯は夜空にキラキラ光る二人の姿を追っていた。「神様?」唯は寝ぼけ眼で神様たちの姿をずっと見つめていた。
翌朝、唯の目はきれいに治っていた。
「わあ、治ってる。ばあちゃん。私昨日ね。神様見たの」
「そうかい。そうかい。井戸神様来てくれたんだね」
「うん。二人」
「二人? 増えた? 神様。でもよかった。お礼にぼたもちを持っていきましょう」
「ぼたもち?」
「うん。神様はね、ぼたもちが好物なの」
「ふーん」
唯とばあちゃんは、ぼたもちをたくさん作り、おまじないの籠をもって神社の井戸の近くに行った。
「井戸神様。二人の神様。目を治してくれてありがとうございました。この通りよくなりました。約束通りに籠を全部見せますよ。そーれ」まるい籠はまるい井戸のたっぴりの水の上にまるでお月様のように、唯の笑顔と浮かんだ。
「それから、ばあちゃんとぼたもちを作りました。食べてください」唯は深々とお辞儀をした。
二人が帰ると、ぼたもちをにこにこ笑顔でほおばる井戸神様とめかりばあさんの姿があった。ふたりなかよくならんでいた。
やれやれ
一件落着でありますなあ。
お世話になりました。
めかりばあさん。なんのなんの。井戸神様。
おいしいですなあ。ひさしぶりのばたもちは。