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出血などの表現があります。



「諦め、る?

 いったい何を言っているの?」


「言葉の通りです。

 私は王座を望んではいない」


「なに、を?」


 本当に何を今さら。こいつらのせいで、一体どれほどの人が苦しめられていると?


「なら、なぜはじめから引かなかった!

 この国の疲弊を知らないとでも!?」


 ルックアランをとらえていた騎士の一人が悲鳴のような声を上げる。きっと、この人たちの振る舞いで何か辛酸をなめた人なのだろう。


「……すまない」


「謝ってすむ問題ではない!」


「すまない、スーベルハーニ」


 ……は? 俺の名前がわかっていた? それになぜこいつが俺に謝る?


「なぜ……」


「あの日から、そなたが消えた日から忘れたことなどなかった。

 きっと母上が何かをしたのだと」


「何か!? 

 ああ、そうだよ!

 こいつが、兄上を殺したんだ!」


 なぜ、こいつはこんなに落ち着いている。こいつがいたから、皇后として思いあがったんだ。皇子が居なければ、きっと。


「る、ルックアラン……?

 あなた、気が付いていたの?」


「初めから」


「なら、どうして!?」


 あいつの声に俺の疑問も重なる。どうして、俺を侍従にしたいと言った? 何が目的だったんだ。


「その方が、きっとスーベルハーニにとって有利でしょう?

こちらの予定も居場所も把握できる」


「ルックアラン!?」


 俺にとって、有利? まさに殺されそうになっているこの状況でこいつは何を言っている。いや、こうして動揺させることが目的なのか?


「スーベルハーニ皇子、いかがいたしましょうか」


 ルックアランを捕らえている騎士が、声をかけてくる。この場では一応俺が指示を出すことになっている。ルックアランをどうするのか聞きたいのだろう。


「確実に逃げられないようにしたうえで生かしておけ。

 処遇はキャバランシア皇子に任せよう」


「はっ」


 そろそろ決着を付けねば。そう感じたのだろう。ルックアラン、と自分の子の名を呼ぶ皇后を見下ろした。


「さて、一応聞いておこうか。

 何か言いたいことは?」


「わたくしの最大の誤りは、あやつの存在を許したことね」


 あやつ。どうしてだろう。それが誰を示しているのかわかってしまった。ははっ、存在を許すだって?


「あんたに一体なんの権限があるって?

 皇帝にとっても、あんたの娘のとっても、母国にとってでさえ価値のない存在のあんたに!」


 まだ、こいつの娘や母国が皇后を大切に思っていていたら、事態はもっと複雑だっただろう。でも、こいつは見捨てられた。その言葉の意味をしっかりと理解したのだろう。目が見開かれていく。ああ、いい気味だ、なんて思うのはいけないことなのだろうか。


「わたくしは!

 国のために、陛下のために、息子のために!」


「その結果が、これだよ。 

 それに、あんたが散在した金がどこからきているのかも知らずに暮らしていたんだろうな」

 

 もしも、この人がこの国にとって良い皇后であったのならば。やはりこうも手荒な手段はとりづらかったのだろう。


「あんたたちがとことん悪だったおかげで、キャバランシア皇子は国の英雄として、皇帝の座につけるよ」


 それだけは感謝してやってもいい。


「スーベルハーニ皇子、そろそろ」


 かすかに、騒がしい音が近づいてくる。その音が味方か敵かわからないが、確かに急いだほうがいいか。


 皇后の口が、何かを紡ごうとする。でも、もうその声を聴く気にはなれなかった。


「じゃあな」


 いっそ笑みすら浮かべて。兄が遺してくれた神剣で。その首を刎ねる。ああ、こんなに簡単なことだったんだ。こいつの首を取るのは。きっと兄上にとってだって。

 でも、兄上は選ばなかった。その道を俺は選んでしまった。


「は、はは……」


 ごとり、と音がする。今更ながら、足元がひどく汚れていることに気がつく。本当に、よくこれであんなにも饒舌だったな。そんな感想すら浮かんで。

 もっとすがすがしい気持ちになると思っていたのに。……もっと、ためらうかと思ったのに。この手は確かに人に手をかけた。それも二人も。でも、後悔はしていない。


 視線をルックアランに向ける。顔面を蒼白にしながら、じっと母の亡骸を見る。こいつにとって、俺は復讐の対象、なのだろう。


「は、母上……」


 一度そうつぶやく。そして。


 先ほどから近づいていた喧騒が部屋に入ってくるのと同時に。

 ルックアランは隠し持っていたのであろう短剣で自分の胸を突いた。


「ははうえ、ひとりには、しません」


 止める暇もなかった。最後に、さも満足そうに笑ったそいつは短剣を引き抜いたことで血をまき散らしながら、床に倒れこんだ。


 頬に生暖かい何かがかかる。ああ、まるで。あの夜のようではないか。状況は全く違うのに、妙に冷静な心の片隅でそんな考えがよぎった。


 ふっと、急に力が抜ける。おわ、ったのか。どっと膝をつくと水音がはねる。服が血を吸い重くなっていく。目には息絶えた数人の体。俺の目に入らなかったところで護衛と騎士たちの戦いがあったらしい。こちらは特に手負いもない。


「ハール!」


 キャバランシア皇子に報告に行かなければ。でも体が重くて動かない。そうしてじっとしていると、扉の方から懐かしいとすら感じる声がした。


「フェリラ、リキート……」


「ハール、怪我を‼」


 怪我、そんなものしたっけ?


「ああ、これは……」

 

 きっとあいつらの血。そう答える前に顔をつかまれる。ああ、本当に二人だ。ぱあっと優しく温かい光を感じる。あれ、本当に傷があったのか?


「ハール、もう大丈夫だよ」


「リキート……」


 ぎゅっと抱きしめてくれるリキート。どうして、二人がここに。そんな疑問がよぎるが、今はただこの熱に甘えていたかった。



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