18
男性の後姿を見送るとグルーさんは申し訳なさそうにこちらを振り返った。
「すまない、先に部屋に戻っていてくれないか?
どのみちしばらくは一緒に行動するんだ。
細かいことはその時々で説明するよ」
「どこに行くのですか?」
「茶葉を買いにな」
「あの、俺もついていってはだめですか?
どのみちここから一人では部屋に戻れませんし……」
どこかのタイミングで外もしっかりと見てみたかったから連れていてもらいえるなら都合がいい、そんな気持ちもあってグルーさんの方を見る。グルーさんが少し迷った後に俺がいいならと返してくれた。
皇国に帰ってきてから、あまり外は出歩かなかった。皇都では余計にどこにもいかなかったし。楽しみにしていると、どのみち一度部屋には戻るとのこと。この格好のまま行くと速攻で皇宮からの使者だってばれて、場合によっては厄介ごとに巻き込まれるかもってどんだけ治安悪いんだよ。
ささっと着替えてすぐに城の外へ。外に出るときに何かを門兵に見せていた。グルーさんは歩きなれているようで、迷うことなくどこかへと向かっていった。
「ここってもしかして、市場……?」
一度だけ来たことがある。兄上と別れて、隣国へ必死に逃げていた時に通ったのだ。瞳を見られてはいけないと必死に下を向いていたが、それでも道路の真ん中にまで店が出ていて歩くのに苦労するほどにぎわっていた。なのに。
「目的の店に行くにはここを通るのが近道でな。
ハールは市場に来たことがあったんだな」
「はい、幼い時に一度だけ。
はっきり覚えているわけではないのですが、もっとにぎわっていた気がしたのですが」
「ああ、以前はそうだな。
でも最近は物価が高くなったこともあって、ここからもずいぶんと店が減ってしまった」
そんな……。市場の人の表情もどこか暗い。もっと活気があったのに。あの時、困っている俺に迷うことなく優しく手を差し伸べてくれたあの人は一体今何をしているのだろうか。
グルーさんはそれ以上何かを言うでもなく、ただひたすら歩く。市場を過ぎても歩いていると高級店と思われる店が立ち並ぶ場所に出た。そのうちの一店舗の扉を押すと、からんからんと澄んだ音が店内に響いた。
「おや、これはグルーじゃないか。
もしやもう足りなくなったのか?」
「ええ。
いつものをお願いしたのですが」
慣れたような会話に話しかけてきた店員が苦い顔をする。一体どうしたのだろうか。
「それがな、あれは収穫量が少なかったらしくてそもそも入荷が少ないんだ。
あっちもあっちで少しでも高値で売ろうとしてきてな……。
我々としても心苦しいところレはあるんだが」
そこで何かを訴えるようにグルーさんを見る店員。その様子にグルーさんが深くため息をついた。
「一体いくらですか?」
「この店にある6袋全部で金貨2枚でどうだ」
「わかり、ました」
どうやら話はついたらしい。もともとどれくらいの値段かはわからないが、茶葉で金貨……。さすがに金銭感覚が違うらしい。働き始めるときの説明では俺たちはひと月働いて銀貨30枚と言われたのにな。
「代わりといっちゃなんだが、少しずつ在庫がある茶葉も持たせてやろう。
もうこれはないからな、新しいのをこれから選んでくれ」
茶葉が入った袋6つを一つの袋に店員がまとめてくれる。それとは別に小さめの袋にいくつかの茶葉をまとめてくれたようだ。グルーさんは支払いを終えると俺に小さい袋の方を渡した。
「じゃあ、また来ます」
そう言って店を出ると、とたんに深いため息をつく。あまり交渉もしていなかったからそこまで値上がりされたわけではないと思っていたが、どうやら違うらしい。あそこの店も上客である皇宮相手に吹っ掛けるようなことはしない。だから、提示していたあの金額が本当に最低金額なのだろうとのこと。
「もう少し収穫量が増えてくれれば、物価も安定してくれるのだろうがな」
「そんなに厳しいのですか?」
「ああ。
食べ物は大抵のものが2倍にはなっているな。
まあ収穫量が減ったことも原因だが、それを受けて一部の商家や貴族が買い占めてしまってな。
値上がりは続くばかりだよ」
収穫量が減ると野菜とかが買うのをためらうくらい上がるのは前世も体験した。それにしてもオースラン王国ではそこまで厳しい様子ではなかったのに、こんなにも様子が違うのか。
「せっかく外に来たんだ。
何かおごるよ」
「え、でもついてきただけなのに」
いいからと店で売っていた揚げ菓子を買ってきてくれた。申し訳ない……。でも、揚げたてなようでとってもおいしい。外側はサクサクと上がっていて、その内側には餅のような食感の甘いものが入っている。これ、なんていうんだっけな。
こんな風に買い食いするのはオースラン王国にいたときぶりでなんだか懐かしい。もうずいぶんと前のことに感じるけどそんなこともないんだよな。




