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「それにしてもハールがサーグリア商会と知り合いだったは……」


「隠していたわけではないんだけどね。

 俺が一緒に旅してた頃は、移動商会だったし」


「ああ、僕も最初は移動商会だって思ってたんだ。

 初めて見た時、馬車の荷台のところをつかって商売していてさ。

 小さいけれど、いろんなものを売っていて」


「へー。

 それっていつくらいのこと?」


「そんなに前じゃないかな?

 えっと、2、3年前?」


 俺が別れた後か。そういえば、引きこもっていたとはいえ、ある程度お客さんは把握していた。その中に貴族っぽい人いなかったし、それはそうか。


「ダンジョン行くようになったら、ダンジョンの素材買い取るって言ってくれた」


「え!? 

 ほんと?」


「うん」


 ありがたい、と喜んでもらえたからよかった。少しだけ、昔の伝手は頼らない、といわれるかもしれないと思ったのだ。これで卒業後の心配をする必要はなくなった。



 ここでもリキートは同室。フェリラは別の女子と同室らしい。ここでは二人一部屋が基本、そしてフェリラも相手の子も快く同意したということで、そうなっている。毎年男女比が変わるから、男子寮女子寮なんてなくて、俺たちの部屋はここでも隣同士だった。


 そしてリキートが寝静まったことを確認した後、そっと外に出る。シャリラントが外がいい、といったのだ。


「それで?

 なんの話だ?」


 さすがにいろいろとありすぎて疲れた。できれば早く休みたいところだが。


『そんなに急がないでください。

 ほら、今日は月がきれいですよ』


 月……。確かにきれいだ。どこで見ても変わらない。ふと、サランと酒を飲み、ミーヤと話したあの日のことを思い出した。時計、のことも。


「で?」


『せっかちですね。

 まあいいでしょう。

 ずっと気になっていたことがあったんです。

 試験も終わったようですし、もういいかと思いまして』


「いいって……、何が?」


『ねえ、ハール。

 あなたは本当に生きているんですか』


 ……、……はぁ!? いや、え、俺死んでないよな。いや、確かに一回死んだ。でも、今は生きている。心臓、うん、動いている。


『生きているならば、なぜあなたは感情を動かさないのですか?』


 感情、を? そんなことは、ない。だって、今日だって懐かしいって思った。楽しいって思ったこともある。


『確かに表層では何かを感じていることがあります。

 でも、心の一番奥で、あなたは何も感じていない。

 人間が、当たり前のように感じる恐怖も、怒りも、あなたは感じない』


「恐怖や、怒り?」


 そんなもの感じてしまったら、だめだ。


『ダンジョンに行った時、初めて出会う魔獣、満足な武器も、満足な鍛錬もない。

 それなのにあんなにも冷静だったこと、異常だと思わなかったんですね』


 なあ、どうして、そんなにつらそうな顔をする? 俺に感情があろうがあるまいが、シャリラントには関係がないのに。


『あなたの中にいたとき、少しだけ過去を覗きました。

 だから、この国に来る前のことも知っています』


「なっ!?

 そんな勝手な!」


『あなたの決意は、早々できることではない。

 それもたった8つの少年が。

 世の中が、あなたみたいな人ばかりだったら、もっと世界は平和でしょうね』


「それはどういう意味だ?」


『そうやって、憎しみにうまく蓋をできるんですから。

 上手に、歳を経るごとに頑丈に鍵をかけて』

 

 憎しみに蓋……。だって、そうしないと立ち止まると思った。そうしないと、今すぐにでもあいつらを殺しに行こうと、殴りこんでいた。俺は、どうして、こんなところにいるんだろうかって……。


『でも、あなたがその感情に蓋をしている限り、あなたが本当に意味で生きることはできない。

 あなたがきちんと死者を悼むこともできない。

 感情はね、生者の特権なんですよ。

 それなのに、生きながら自らを殺してどうするんですか』


 生きながら、殺す? だって、仕方ないじゃないか……。


 あのとき、あいつらを、殺しに行こうと思った。そう思って、皇宮に戻ろうと。でも、でも……、声がしたんだ。二人の。こんな俺のことを、『愛している』って言ってくれる声が。


 それなのに。


「それなのに、戻ることなんてできるわけ、ないだろ……。

 俺にできることが、逃げることだけだって、わかっていたのに。

 二人のために……」


『ねえ、これはあなたの人生です。

 あなたの母上の人生でも、兄上の人生でもない。

 それなのに、あなたはそのお二人のために生きるのですか?』

 

 だって、二人は俺のために命を懸けてくれた。それなのに、俺だけがのうのうと生きる? そんなの無理に決まっている。


『あなたは力を手に入れた。

 ミベラの神剣という、強力な力を。

 それでもまだ逃げるのですか?』


 ちから……。あの時は、なかった力。俺は、何のためにそれを使いたい? ああ、でも。


「こわい……。

 ずっと、蓋をしてきた。

 蓋をするのは得意なんだ、ずっと。

 でも、蓋を開けたことはない……。

 こわい、怖いよ」


『私は、支えます。

 ハール、まずは力を付ければいい。

 闇から、目をそらさなくて済む、それくらいの力を』


 ちから。


『本当は少し迷いました、この話をするのを。

 あなたがどれほど必死に目をそらしていたか、感じましたから。

もしも、目をそらしてすっかり過去を忘れて、生きていけるならば、それでも良かった。

でも、あなたは優しすぎる。

忘れることができなくて、だから目をそらすことしかできなかったんでしょう?

 それに、今日他人の口から皇国の名が出て反応したとき、思ったんです。

 あなたはこれに向き合わねば、いつまでも皇国の影におびえて生きるのか、と。

 いつまでも、大切な人と向き合うことができないのか、と』

 

 それは、不幸ではないですか? そう問いかけるシャリラント。どうして、この神使はこんなにも繊細な表情をするのだろう。人間の些細な雑事、関係ないはずなのに。どうして、俺個人のことにこうも必死になる?


『だから、お願いだから、あなたはあの人のようにはならないで』


 あの人? 疑問に思ったときにはシャリラントは消えていて、なんて勝手な、そんな風に思っていた。


時計と剣。ずっと大切に、大切にして、僕が目を逸らしていたもの。


 時計の蓋を開ける。その中でほほ笑む母上、そしてまっすぐにこちらを見る兄上。じっくり見たの、いつぶりだろうか。


「僕はどうしたらいいの……?」



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