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そして、僕が帳簿を管理し始めて、少し導入したことがある。商品の売れ筋の傾向とその地域の特性との関係が分かるように、どういう気温、人柄といった地域の情報と、そこで売れたもの、売り上げを細かく記録することにしたのだ。
これにより、入荷数、製造数を次に行く場所によって変化させることを提案し、みんなはそれを試しに、とやってくれた。本当にうまくいくのか、いかなかったら大損もあり得る。そんなドキドキ感の中で迎えた初回。
この考えがちゃんとあっていたようで、大当たり! とても感謝された。
「ああ、ハールは本当にすごいな」
「え、どうして?
ケリーの方がすごいよ」
「いいよ、そういうの」
あ、もしかして僕はやってしまった……? こういう空気、知っている。前世で、こういうことやってしまったのだ。皆の役に立ちたくて。僕はそう思っていただけで、それで精一杯頑張ったのだ。皆の役に立てるようにって。でも、なぜかみんな離れていくんだ。
「ごめん……」
僕は、ケリーを苦しめていたの?
「お前が、いなければ……」
……そう、だよね。僕は……。
「うん、ごめん」
ここにいない方がいいんだ。皆が優しくて、今まで甘えていたけれど。もともとここにいていい人間じゃなかった。
「僕、出ていくね」
アズサ王国からドベル王国へと入って、オースラン王国との国境はもう近い。ここからはまた一人で頑張っていこう。きっと頑張れる。人の視線はまだ少し怖いけれど、当初よりはずいぶんと大丈夫になった。
どうやって国境越えよう。いや、でも、オースラン王国入る必要はないのか。絶対にアナベルク皇国は抜けないといけないが、ドベル王国ならまだ大丈夫。
「え、あ、あの、ハール?
何を言っているの?」
「今までありがとう。
じゃあね、ケリー」
申し訳ないけれど、服はもらっていいかな。僕もそれなりに成長して、逃走したときに着ていた服はもう小さい。あとは最低限のものだけ持って、と。
久しぶりにこんな気持ちになった。でも、よかった。思ったよりも心が痛まない。うん、これでいいんだ。
馬車を出て、あてもないまま歩いていく。この辺りはそこそこ滞在しているが、こうして外を歩くのは初めてだった。今日、どこ泊まろう。おなかすいた。でも、買うのもめんどくさい。
ふらふらとしていると、いつの間にか時間が経っていたようで、辺りはすっかりと暗くなっていた。どうしよう、ぼんやりとそんなことを考えていると、目の前で誰かが止まった。
「ハール、いた!
な、なんで本当に出て行っちゃうのさ―――」
「え、ケリー?」
「う、う……。
お客さんが、教えてくれたんだ。
ハールがここにいるって」
「え?」
ケリー、泣いている? でも、だって、僕がいない方がケリーは幸せなんでしょう?
「お願い、一緒にいて。
まだ一緒に旅をしようよ」
「ケリー……」
「ごめん、本当にごめん。
ハールが平気な顔をして、本当はすごく傷つきやすいって知っていたのに」
「なんだか聞き捨てならない言葉が……」
「お願いします、戻ってきて。
俺がいけないのに、当たってしまってごめん」
ぐっと頭を下げるケリー。僕は本当に戻ってもいいの?
「……うん」
「ありがとう」
いこ、とケリーに手を取られる。ああ、あったかいな。
「ハール!
よかった、無事だったのね。
ケリーが、本当にごめんなさい」
「え、あ、い、いえ!」
「嫌に、なってないか?」
ぶんぶんと頭を振る。そんなことない。ここにいていいならいたい。
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それからもケリーと喧嘩することはあったが、順調に一行はオースラン王国へと歩を進めた。その旅は長期間だったのにも関わらず、あっという間に終わってしまった。だから、初めからわかっていたお別れだったのに、とても寂しく感じてしまったんだ。
オースラン王国に入ったその日。バーレンさんは改まった様子で俺に話しかけた。
「ああ、ハールのおかげで俺たちの夢がかなえられる。
本当にありがとう」
「え?」
「俺たちはな、一国に根差して商会を開きたいってずっと思ってたんだ。
そのお金を稼ぐために、ずっと旅をしてきた。
でも、ハールのおかげでその金がたまったんだ!」
「あ、よ、よかった」
「ああ。
なあ、ハール。
これからも俺たちと一緒にいないか?
サーグリア商団の一員になってくれたら、どれだけ嬉しいか!」
「あ……」
本当は一緒にいたい。だって、ここはあまりに心地よかったから。でも、やっぱり駄目だよ。ここまで一緒にいたのもどうかと思うけれど、もう国境のことを心配する必要はなくなった。
だから、ここを離れないと。ここに来るまで、本当にかすかにだけれど、皇国が消えた皇子を探しているって話しがあった。いつ、見つかるか……。
「ごめん……」
その一言を言うの、本当はつらい。でも。
「そ、っか。
いや、むりいってすまなかった。
どこで別れる?
盛大に送らせてくれ」
「はは、いいよ、そんなの。
いつも通り、普通で」
「そうか?」
「本当に行っちゃうの?」
「うん」
「また、会えるよね?」
「会えるかな」
会えるって言い切れない。でも、また会いたいって思う。
そして、オースラン王国に入ってしばらくすると、僕は一人で歩いた。
こちらで完結となります!
約2年間お付き合いいただき、ありがとうございました。
ほかの連載もしておりますので、よろしければそちらもお読みいただけますと幸いです!