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「ついでに風呂も行くか。
大衆のところでいいか?」
お風呂! 久しぶりに入りたいかも。もう体も相当汚れているし。……ってちょっと待って。お風呂ってことは素っ裸、だよね? つまり髪も目も隠せるものは何もない。それはまずい。ここはまだ国境を越えたばかりなのに。
「ご、ごめんなさい、お風呂はちょっと」
「お、そうか?
じゃあ体ぬぐうだけにしとくか」
あああああ、反応できないうちにどんどん話が進んでいる! って、いつの間にか服もある! え、えっとさっきの話的にこれがケリー、さんの服ってこと?
「ほれ、それ脱げ。
後でうちのに洗ってもらおう」
「あ、フード……」
どうしよう、フードを取るの怖い。顔、髪を隠せないのが怖い。これだけが今まで頼りだったのに。
「フードか?
ちょっと待ってろ」
え、あの、どこに? 本当にフットワーク軽い人だ。そして戻ってきたかと思えば、その手には今僕が来ているようなマントが。え、本当にあったの?
「この時期には暑いかもしれないが、まあ詳しくは後で考えよう」
「あの、悪いです。
お金を!」
「ガキがそんなの気にしてんなよ。
それにちょうど捨てようとしてたやつだし。
ほれ、早く」
ほらほら、とせかしてくる。ちょ、ちょっと待って!
うう、覗かないで、とか女子みたいなことを言ったら笑われた。でも、覗かねぇよ、と約束してくれたので良しとしよう。
一度、兄上から託された剣を外す。受け取ってから初めて外したけれど、やっぱりこれ相当重い……。一気に体が軽くなったもの。っと、人が来ないうちに早く準備しないと。
母上の時計も一度おいて、と。ああ、体をぬぐうだけですごく気持ちいい。それと髪もぬぐって、っと。ふう、一息付けた。ああ、わざわざ申し訳ない。でも、マント落ち着くな……。
よし、これで大丈夫!
「すみません、お待たせしました!」
「早かったな。
まあちょっとでかいが着れるだろう」
「あの、ケリー、さんとは?」
「ああ、俺の孫だよ。
まあそのあたりの自己紹介は後でな」
その時、きゅるるるる、とおなかが鳴る音が。まずい、僕の音だ。ううう、恥ずかしい。でも仕方ないじゃないか! さっきからすごくいい香りがしてくるんだ。
「は、はははは!
腹減ったか。
ちょうど夕飯時だもんな。
もう少ししたら飯もできるだろう。
少し待ってろ」
「あ、あの?」
今さら遠慮すんなよ、と言われてしまえば強く言えない。どうしよう、僕によくしてくれすぎて、逆に信用していいのかわからなくなってきた……。いい人、ではあるんだけれど。
「お義父さん、夕飯できましたよ。
あら、その子がシラジェが言っていた?
よかった、ケリーの服着れたのね」
「おお、ありがとうな、ミグナ。
そうだ、俺が連れてきた」
「ふふ、お義父さんはまた。
初めまして、私はミグナというの。
あなたのお名前は?」
また人が増えた……。というか、どうしてこんなに怪しい僕を、この人たちは受け入れてくれるの? う、名前待ちされている。
「は、ハール、です」
「ハールね!
よろしくね。
さあ、夕飯を食べに行きましょう」
さあさあ、と背を押すミグナさん。いや、自分で歩けるから!
「あれぇ、見ない顔っすね。
あー、なんかシラジェさんが言っていたような?」
「おい、お前はもっと覚える努力をしろ!」
「えー、いいじゃないっすか」
えっと、お取込み中でしたかね? なんか似た顔の人が言い争っている。兄弟、かな? あああああ、人の目がたくさん……。人見知りとかしない性格だったはずなのに、ここまでの旅ですっかりだめになっている。こわいのだ、本当に。
興味、不審、蔑み、そんな目にばかりさらされていたら、こうなっても仕方ないってもうけれど。目を開けなくても、そういった負の感情の目にさらされているとわかるものなのだ。
こうなってわかった。僕はあの離宮で、宿舎で、守られていたんだって。
「おーい、ハール?
固まってどうしたの?」
「え、あ、いえ」
「おい、親父、もうこっち来てたのかよ」
「お前が最後だぞ」
「親父を探してたんだよ!
お、ちょうどよかったみたいで何よりだ」
「バーレンさん、早くその子紹介してくださいよ」
「ハールだ!
今日拾ってきた!」
「いや、なんだその説明は。
ハール、本当にいいのか?
親御さんとかは?」
親……。ひたすら横に首を振る。口に出したくすらなくて、行動で示してしまった僕に。みんなは何も文句を言わない。
「父さん、その子一緒に行くの?」
「ケリー。
まあ、本人が望むなら」
「!
やった!
年が近い子!」
「はは、坊はずっと遊び相手欲しがってたもんな」
「無理に付き合わせたらだめだぞ」
ああ、ものすごい会話量。だめ、まったくついていけない。
「ねえ?
料理冷えるんだけど、食べる気ないってことでいいのかしら?」
「な、ナミカ!
ちょっと待て、食べるから」
くらくらしてきたところで救いの一声。皆すぐに目の前の料理に集中し始めた。ハールも、と勧められて座ると、すぐにおいしそうなスープが置かれた。これ、食べていいってこと?
「ほら、温かいうちに」
ごくり、思わず唾を飲み込む。暖かい食事なんていつぶりだろう。固いパン以外の食事なんて、いつぶり?
一口食べたら後はもう止まらなかった。スープにパン、サラダ、そしておかず。どれもこれもおいしいものばかり。
「そんなにおいしかったかい?」
おいし、かった。暖かい料理ってこんなにおいしいもの、だったんだね。
「はは、作ったかいがあるね」
食事が終わりひと段落。そうなると、当然また僕に注目が集まるわけでして。う、視線苦手……。
「さて、それじゃあ、新たな仲間に自己紹介といこう。
俺はもうしているからいいだろ?
シラジェからでいいだろ」
「あー、はいはい。
ハール、俺はそこのお前を連れてきたやつの息子。
シラジェっていう。
よろしくな」
「次は私ね。
私はシラジェの妻、ミグナよ。
次は、ほら」
そういって少年の背を軽く押す。あ、ケリーさん、だよね。この服のもともとの持ち主。
「俺ケリーっていうんだ。
年が近いやつ初めてで、すっごく嬉しい!
よろしくな」
「よ、よろしく、お願いします」
「はは、固いなぁ。
いや、礼儀正しい、の方があっているかな。
はじめまして、ブラサだ」
「俺、フィーチャっていうっす。
よろしくな、ハール」
「俺はハミド。
隣のこいつ、フィーチャの兄だ」
「次は私かしら。
私はナミカ!
よろしくね、ハール」
「俺は、グルバークだ。
ミグナの兄、だ」
「あ、僕ウィリー、っていいます」
名前がいっぱい……。僕、これ本当に覚えられるかな?それにしても、どうしてみんなこんな僕を受け入れてくれるの?
「ほら、そんな顔してるなよ。
順番に覚えて行けばいいんだ」
「あ、ありがとうございます」
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「それで?
本当はどうしてあの子を連れてきたんだ?」
「本当はってなんだよ」
「なつかしいわ、お義父さんが私たちを拾ってくれた時のこと。
私たちは知らなかったけれど、父が、知り合いだったのよね?」
「ああ、そうだったな」
「あの子も知り合いの子か?」
「いや、違う。
だがよ、孫と同じくらいの子が、じっと親子を見てたんだ。
一人でよ。
俺は、なんだか放っておけなくてよ」
「……なるほどなぁ。
だが、あの子はなんだ?
どうしてあんなに人の視線におびえてる?
フードを手放せないって……」
「見守りましょう、今は。
いつかあの子が心を開いてくれるように」




