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「あの、スーベルハーニ皇子。

 少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 ささやか、と言っていいかわからない歓迎の晩餐会を終えた後、割り振られた部屋に戻ろうとしていた俺は不意に後ろから声をかけられた。振り返るとそこには晩餐会にもいた人が。確か、この国の王太子だったような……。なぜそんな人が俺に声をかけたのか。不審に思いながらも別にこの後に用事もない。


「ええ、大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。

 少し二人だけで話がしたかったのです」


「話、ですか?」


「ええ」

 

 こちらへどうぞ、と一国の王太子が自ら案内をする。これ、どんな状況? 変に偉ぶっている人よりは全然好感持てるけどさ。そうして案内されたのはシンプルながらも高価であろう家具で統一された部屋だった。なんか、嫌な予感。なぜってこの部屋の入り口には兵が立っていたのだ。つまり、要人の私室だろう。そしてこの人はためらいなくこの部屋に入っていったのだ。


「あ、ありがとうございます」


 席に着くと控えていた人がそっと紅茶を入れてくれる。それに慌ててお礼を言うと、その人はほほ笑んだ後部屋を出て行った。ちょっとー、いいんですか? 今おたくの王太子、友好国でも何でもない国の皇子と2人きりですよ?


「さて、改めまして。

 お忙しい中、こうしてお時間をとっていただいてありがとうございます」


「いいえ。

 あの、それで話とは?」


「一度、ゆっくりと話をしてみたかったのです。

 噂の皇子と」


「噂ですか?」


「ええ。

 今まで存在を聞いたこともなかったアナベルク皇国の第7皇子があらわれた。

 それも、神剣の主として。

 皇子は兄皇子である皇太子につき、クーデターを起こした、と。

 ……アナベルク皇国は神に見放された国として有名です。

 そんな国の皇子が神剣の主となる。

 にわかには信じがたい。

 ……あなたが神剣の主ということは十分に理解いたしました。

 ですが、あなたは本当に皇子なのですか?」


「それを確かめるためにこうしてわざわざ呼び出したのですか?

 こうしてあなたの私室に?」


 それにしてはこちらに気を許しすぎではないか。それに2人きりとかありえない。少し硬い表情になってしまうのは仕方ないだろう。この王子の意図が分からない。


「お怒りにならないでください。

 ただ、あなたの血筋が本当に皇子なのか否かによって、我が国の対応が変わってきてしまう。

 私にはこの国の民を守る義務があるのです」


 ……なるほど? きっとこの国は今後の動き方を考えている最中なのだろう。オースラン王国が同盟へと動いた。その結果を受けてきっと同盟を結ぶべきか悩んでいるのだろう。そしてその答えを出すために探っている。本当にアナベルク皇国は神に許されたのだろうか? と。この国は確か信仰が深かったはずだ。なるほど?


 俺は無言でシャツのボタンをはずす。俺の急な行動に目の前の王子は驚いたように固まった。その間も俺は行動を止めない。胸元のあたりまでボタンをはずした後、俺は小さな魔法を使う。すると胸元にしばらく目にしていなかった紋が浮かび上がった。


 それは王子の目にも入ったのだろう。なっ、と小さな声を漏らして目を開いている。


「これでお判りでしょう?

俺には確かにアナベルク皇国皇族の血が流れている」


「え、ええ……。

 そうですね。

 これは紛れもない証拠だ」


「満足ですか?」


 俺は何に怒っているのだろうか。別に皇族として生まれたことにこだわったことはない。なんなら、どうしてそんなものにとすら思っていた。だが。皇子としての自分を受け入れることができ始めたのに、そんなことを言われるとは思わなかったのだ。それがなんだか、そう、ショックだった。


「ご無礼をお許しください」


 深く頭を下げる王太子。そういえば、この目の前の人は王太子なのだ。非公式の場とはいえ他国の皇族相手に簡単に頭を下げていいわけがない。俺は深くため息をついた。


「今回は許します。

 あなたが何を想っているのかは知りません。

 しかし、神島に住む神剣の主たちが願いに応じてとは言え、自らの意思であの国を助けたことは紛れもない事実。

そして皇国の民は今長年関りを持つことがなかったミベラ教に、手を差し伸べていただいたことをきっかけに歩み寄ろうとしている最中です。

 これをどのように捉えるかはあなた方の自由です」


「今後は皇国にもミベラ教が広がっていくと?

 皇国は……悔い改めるのでしょうか」


「それはわかりません。

 悔い改めるといっても、我々自身は一体何の罪を犯したというのでしょう。

 祖先の罪は祖先のものであり、親の罪は親のものです。

 それを勘違いされては困る。 

 ただ……、皇国は変わっていきます。

 それだけは間違いない。

 その時にあなた方がどのような行動をとるのか、それはあなた方次第です」


 そこで生まれたというだけで呪文という加護が得られなかったことに思うところはある。それはおいておいて、皇国が過去に他国に対して理不尽な行動をしてきたこともまた事実。そこをうまく呑み込めない国もあるだろう。だから、それはぜひ自分たちで考えてもらいたい。もちろん、友好関係を結んでくれるのならば大歓迎だけどね。

 

 ただ、親や祖先の罪を俺たちに償えと言われるのは納得できない。そもそも俺はあいつを親だとは認めていないしな。


 はぁー、と深いため息を思わずついてしまった。そのまま目の前に置かれたお茶を口にする。それはすでに冷め始めてしまっていた。でも、十分おいしい。


「新しいものを用意させましょうか」


「大丈夫です。

 このままでも十分おいしいですから」


「ありがとうございます。

……、あなたから見て新たに皇帝の座に就いたものはその座にふさわしいとお考えですか?」


 俺から見て、か。もう一口紅茶を飲みながら考える。正直俺はずっと平民として暮らしていたからかあまり皇帝にふさわしいのはどういう人物かわからない。だが。


「これはあくまでスーベルハーニ一個人としての話ですが……。

 臣下として誰かに仕えるならば、今の俺には皇帝陛下しか考えられないですね」


 あくまで誰かに仕えるなら、だけれど。俺の言葉に考え込むかのように王太子は目を閉じる。少しして再び目を開けるとしっかりと俺の目を見た。


「旅の途中、お疲れのところ申し訳ありませんでした。

 だが、あなたに直接お話が聞けて良かった。

 貴重な時間をありがとうございました」


「何かの参考になったのなら何よりです。

 では、俺はこれで」


 もう一度王太子はお礼を言うと、どこからかやってきた従者が俺を部屋まで案内してくれた。


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