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大丈夫か、と小さく聞いてきたカンペテルシア殿になんとか大丈夫だと返し、ようやく俺はキンベミラ殿下2人きりになった。先ほどの言葉の意図は一体何だったのか、改めて聞こうと意思を固めている間にいつの間にかキンベミラ殿下がすぐ近くに来ていた。
いったい何を言うのか、緊張しながら相手の言葉を待ってみる。殿下も緊張した様子で迷うように視線をさまよわせていた。やがて決心したようにこちらをまっすぐにみるとすぐに視線があう。その時どこか気が抜けたように殿下は微笑んだ。その微笑み方をどこかで見たような……? どこで、と言われると答えられないけれど。
「久しぶり、っていうのもなんだか違和感あるな。
元気だったか、陽斗」
「……は?」
今、陽斗って言ったか? どうして今その名前がキンベミラ殿下から出てくる? 俺が前世の記憶を保持している話は誰にもしたことがない。もちろん、前世の名を知る人もいない。なのに、なぜ。
「やっぱりわからない、よな。
宮間って名前、憶えていないか?」
「え、いや、同じ寮に住んでいた宮間なら覚えているけれど……」
同じ寮に暮らしていた友人。よく俺のことを気にかけてくれていた人だ。でも、その宮間と目の前の殿下がつながらない。いや、1つの可能性が頭に浮かんではいるが、到底信じられないことだ。
「そ、同じ大学、寮だった宮間。
覚えていてくれてよかったよ」
そうして先ほども浮かべていた微笑みが確かに記憶の中の宮間と重なる。でも、なんでその宮間がここに? 疑問ばかりが頭に浮かぶせいか何かを口に出すことができない。
「どうして、ここに?」
ようやく口に出たのはそんなわかりきった疑問だった。俺がここにいる時点で宮間も同じなのだろうとわかったはずなのに。だが、俺がその事実に思い至ったのは宮間の、キンベミラ殿下の説明を受けた後だった。
「俺は、陽斗が死んだあとにずいぶんと長生きしたんだけどな。
気が付いたらミベラ神と呼ばれている神であろうものと対峙していたんだ。
その人に言われた。
……自分の罪を償う機会をやろう、と。
それで陽斗を、皇国の皇子として転生させるので手助けをするように言われて、目が覚めると俺はオースラン王国の嫡男に生まれ変わっていた。
今までは口先だけでなく本当に陽斗が困ったときに手を差し伸べられるように、自分の立場を固めることに注力していたんだ。
まさか、陽斗がそんな大変な目にあっているとも知らないで」
「まって、待って!?
罪って、何?
それにどうして俺の手助けを?」
「……、陽斗は自分が亡くなったときのことを憶えているのか?」
「え、いや、憶えていないな」
そうか、と答えるとキンベミラ殿下はうつむき再び黙ってしまう。そして再び顔を上げたとき、その顔は蒼白になっていた。
「キンベミラ殿下……?
あの、言いづらいことでしたら無理に話さなくても……」
とっさに出た言葉にキンベミラ殿下は小さく首を横に振った。
「陽斗が亡くなったのは、俺が見殺しにしたせい、なんだ……」
「……見殺し?」
「あの日……、俺は午後からの授業に向かうために駅に行ったんだ。
そしたら、前を、ホームの端を陽斗が歩いていて、スマホを見ていたから危ないって声をかけようとしたんだ。
俺が陽斗に追いついて声をかけようとしたときに、目の前で陽斗が線路に落ちた。
手を伸ばせば間に合った、救えた。
でも、頭に……がよぎって、それで伸ばせないまま、線路に落ちて」
「何がよぎったって?」
ホームまで向かったこと自体憶えていない。でも、つい濁された部分に意識がいってしまう。ここまで来たら聞ききってから考えよう、うん。キンベミラ殿下は視線を一度そらした後にまたこちらを見た。
「このまま、陽斗が亡くなればって考え、が……」
「どうして、そんなこと……」
つぶやきながらひどい頭痛に襲われる。頭の中で響く誰かの叫び声。悲鳴。迫りくる電車の音。ああ、これはきっと。
「陽斗が、嫌いだったから」
小さい、しかし妙にはっきりと聞こえた声。宮間が、陽斗のことを嫌いだった? あんなによくしてくれたのに? あんなに長い間一緒にいたのに? 陽斗は数少ない友人すら手に入れられていなかった?
「は、陽斗!?」
キンベミラ殿下の声を遠くに聞きながら、目の前が暗くなっていくのを感じた。