26
部屋に戻ってすぐ、俺はフェリラのいる部屋へと向かった。今日目が覚めたばかりのため安静にはしているが、いたって元気だという報告は聞いていたが自分の目でも確かめたかったのだ。
「もう心配しなくても大丈夫だって」
「全然元気なのにベッドにいなくちゃいけない方がつらい……」
俺はもう動き回っているのに、とふてくされるフェリラ。でも明日には解放されるらしい。ああ、やっぱりこの3人が落ち着く。伯父と2人の時間も穏やかだったがリキートとフェリラと過ごす時間はまた違ったものだった。
「フェリラが回復したら、僕たちは領地に向かおうと思う。
今回の件で陛下から多大な褒賞をいただけることになってね。
それをもとに領地を立て直したいと考えている」
「そうか……。
領地に戻るんだね」
「よかったらハールも来ない?」
いい案でしょ、と言いたげにリキートはそう言ってくれる。俺は、このあとどうしたいんだろうか。今までずっと先の未来など意識せずに生きてきた。ただ毎日を生きるだけ。それが皇国に帰ることを決心してからはあいつらの首を討つことを目標にして。それらが落ち着いた今、俺はどうしたいんだ?
一応、陛下から外交を担当してもらいたいと話はもらっている。この国を手助けできるならやってみたいという気持ちがある。リキートの故郷に行ってみたいという気持ちもある。でも、それも流されているのではないか、なんてことが脳裏をよぎった。
「もちろん、無理にとは言わないよ。
ハール、僕たちは自分で自分の居場所を決められる力を持っているんだから。
そして今決めた居場所にずっといなくてはいけないわけでもない。
気が向いたら遊びに来てよ。
いつでも、どんなハールでも歓迎するから」
ああ、本当に。俺はひどく情けない奴だ。そしてリキートは俺よりもずっと大人だた。迷って足を止めたくなる時、いつもこうして助言をくれる。
「ありがとう。
……ひとまず、国境に行こうかと思っている。
そのあとは神島かな……。
そしたらリキートの領地に行きたいな」
「国境? 神島?
どういうこと?」
俺の言葉が予想外だったのだろう。リキートはえ? と混乱している様子を見せる。フェリラも首をかしげているし。そんな2人に今日話されたことを説明した。
「な、なんだかすごいことになっているね……」
リキート微妙にひいてない? フェリラは神島に行けるんだ! と少しテンション高くなっているし。なんか思っていた反応と違う。
「うーん、そのオースラン王国の王太子はどうしてそんなにハールに会いたがるんだろうね?
面識はないんでしょう?」
「ああ、一度もない」
「あやしいな……。
ああ、ついていきたい……」
「付いていっちゃだめなの?」
「さすがにこれ以上領地を放置できないよ。
今も毎日のように催促の手紙が来るし」
どこかげんなりしたようにリキートが言う。そう言えば、領主になると決めてからまだ一度も領地に帰れていないもんな。俺が引き留めたせいで。申し訳ない。
「ハール、本当に気を付けて。
帰ってきたら絶対に知らせてね。
皇都に連絡係残していくから」
「う、うん」
ぐいぐい来るリキートに、今度は俺が若干引く番だった。え、そんなに心配? でも。
「リキートが治めている領に行くのを楽しみにしているよ。
俺がもらえるらしい報酬も好きに使ったらいいし」
「え、いらない。
それにさらっとプレッシャーかけないで?」
え、そんなにきっぱり言います? ちょっと傷つくわ。そんな俺にリキートはほほ笑んだ。
「今回のダンジョン攻略、かなり資源を採取できたみたいでね。
陛下は参加者に正当な報酬を渡したうえで、各地に分配されることにしたんだ。
だから、僕が頂いた報酬と領としていただく報酬でかなりいただける」
「私のも使ってもらっていいしね」
「そう、なのか」
もともと傾いている国のために取ってきた資源。俺はそのほとんどを国へと献上した。それがきちんと各地に行き届くならこれほど嬉しいことはない。
「そういえばイシューさんもほとんど皇国に渡してくれたみたいだ」
「……え?」
「事前の約束通り、イシューさんが採ったものはすべてイシューさんのものだと言ったのに、結局は皇国に使ってほしいって……」
イシューさんが……? わざわざ呼び出して、こんなにも尽力してもらったのに報酬もうけとらないって……。
「本当に、イシューさんはすごい人だよ。
そういう人になりたい」
「そうだね
なんとかそれだけを返す。俺はフェリラの部屋を出るとすぐにイシューさんのもとへと向かった。突然の訪問であったのにも関わらず、ノックをするとイシューさんはすぐに出てきてくれた。
「おう、どうした?」
「あの、報酬を受け取らなかったと聞きました」
そういうと、そのことかとうなずく。どうして、と言おうとした俺をイシューさんは部屋の中へと案内した。
「勘違いはしないでくれ。
俺はいつもの同じくらいはきちんと報酬を受け取っているぞ。
ただあのダンジョンはかなり上質な宝石や素材が採れてな。
過剰だと思った分を正規の持ち主に返しただけだ」
「ですが……」
「俺がそうしたいと思ったんだ。
ダンジョンの出現によって、周辺があそこまで被害を受けるなんて聞いたことがない。
被害が大きい分、恵みも大きかったんだろう。
なら、その恵みは被害を受けた者たちに返ってくるべきだ」
だから気にするな、そう言い切ったイシューさんに俺はそれ以上報酬について話すことはできなかった。だけど。
「ありがとうございます」
それだけは、と頭を下げながら伝えた。
目覚めた日の翌日、すでに体は全快していたこともあり、俺は国境へと向かうことにした。もうかなり向こうを待たせている。それが終ったらすぐに皇都に返ってくる。ミーヤが目覚めたら聞きたいことがたくさんあった。
そのころにはリキートたちはもういないだろう。少し寂しいけれど、また会いに行けばいいと気持ちを切り替えることにした。
国境へは誰も供を付けず、シャリラントと2人全速力で向かうことになる。ようやく、オースラン王国の王太子と会うことになる。一体なぜそんなにも俺に会いたがっているのか。一体どんな人なのか。もしかしたら初めて自分と同じ境遇の人に会えるのかもしれない。
不安と少しの興奮をもち、俺は皇宮を出発した。