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「すまない、待たせたな」
モンラース皇子との話も終わり、ダンジョンの話などをしているとようやく陛下たちが顔を出した。皇女様方も一緒のようだ。俺たちと違い、この4人は顔がよく似ている。さすが、両親が同じなだけある。そう思うとある意味モンラース皇子は唯一の同士なのかもしれない。
「さて、最近シラマーラ妃の様子はどうだ?」
「ずいぶんと落ち着いていますよ。
もう、権力争いにはかかわらない、と決めたみたいですから」
「そうか」
シラマーラ妃って確か……。モンラース皇子の母親だっけ? そんなことを考えていると隣に座ったカンペテルシア殿が話しかけてきた。
「モンラース殿とは話せたか?」
「え?
ええ……」
話せたかって……。もしかしてこの人たちそれで遅れてのか? まあ、別にいいけどさ。
さすがにモンラース皇子はそれぞれと話をしたことがあるらしく、何か新しい話題というか現状確認という感じだった。俺は特にモンラース皇子と話したことがなかったし、この兄弟に関しても私的なことは全然知らなかったからなかなか興味深い。
今はもう皇籍を抜けてる元第5皇子、現サーン伯爵家嫡男ズシェル殿の話も出てきて、興味深かった。ズシェル殿とか会ったこともないしね。本来は側妃が皇家の血を引く子を連れて実家に戻るとか大問題だけれど、そこは前皇帝らしいというかなんというかね……。
この方、兄弟の中で一番体が弱い人だったらしくよく寝込んでいたそう。もともと皇宮内を出歩かない俺とは会うはずもなく。そのうえ、母親である第一側妃は相当甘えたな性格だったらしく、まったく振り向かない皇帝に寂しさを感じて実家に戻ったとか。しかも、実家に帰ってからほかの人と結ばれたとかなんとか……。ある意味すごい人だ、ミヤンテラ側妃。
ズシェル殿は何かとプレッシャーのかかる皇宮を抜け出せたからか、伯爵家に戻ってから体調は順調に回復。今はきちんと嫡男としての務めを果たしているみたい。即位式や舞踏会などで顔を合わせることもあるかも、という話だったので少しだけ楽しみだ。
「そう言えば、スーベルハーニの母君はあまり詳しい事情を知らないな。
リゼッタ側妃は赤い目に黒い髪という珍しい色合いに、目を引くような美貌だったことは鮮明に覚えているが……。
あいつがどこから連れてきた人なのかも知らないし、どういう方だったのかあまり印象がない」
「控えめな方でしたしね。
唯一自分から望んで妃にしたこともあって、ショコランティエがだいぶ荒れて離れに押しやっても粛々と受けて入れていたようですし」
母上、そんな人だったんだ。目を閉じると、今ではあの人の柔らかい笑みを思い浮かべることができる。とても、優しい人だった。そして、よく寝込む人でもあったような。
いつの間にか話はこちらに向けられていて、どういう人だったのか聞かれる。こうして、異母兄弟に母に対して興味を持ってもらえたのが嬉しかったのか、覚えている母の様子を伝えた。
「でも……。
俺も母の出身はわかりません」
「そうか……」
おそらく、母上に関わることの唯一の手掛かりはこれだ。ずっと身に着けている懐中時計に触れる。俺が持っている、そしておそらく唯一残る母の私物。微細な細工が施されたそれは、きちんと巻いているからかかちこちと時を刻んでいる。
「それは?」
「母の遺物です。
これしか母の私物は遺っていないかと」
「とてもきれいだな……。
そうか、ショコランティエが中に遺っていたものごとあの宮を取り壊したものな」
「ええ。
いつか、母の親族に会うことはあるのでしょうかね」
「どうだろうな。
少なくとも、皇宮にはここに来る前のリゼッタ妃についての記録は一切なかった。
あいつが記録を残す必要性を感じていなかったであろうことと、ショコランティエがリゼッタ妃に対して嫉妬していたことが原因だろうが……」
「そういえば、母はエキストプレーンに望まれてここにやってきた、と言いました?」
俺の言葉にその場の人たちがうなずく。このことは周知の事実だったらしい。なるほど、だからショコランティエはあそこまで目の敵にしていたのか。ほとほと迷惑な話だよな。
「視察先でリゼッタ妃と出会い、一目ぼれだったとか。
その場にいたものの話では、リゼッタ妃は真っ青な顔で側妃として召し上げるというあいつの言葉を聞いていたようだ。
嫌がっても、その言葉を聞かなかったと」
うわぁ。嫌がる中無理やり連れてこられ、その先で先に来た嫁にいびられてたってことでしょう? 迷惑どころの話じゃないって。でも、母上はそんな環境でも俺と兄上を産んだのか。
もう何年も前の話だ。当人たちはすでに亡くなっている。でも、俺の中では言いようのない怒りがわいていた。
母については不鮮明なことが多い、ということで話は別の話題へと移っていった。
ショコランティエ→元皇后
エキストプレーン→元皇帝
になります。