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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月海短編集1(1~14話)

作者: 月海

Twitterにてアップした小説です。

●1~12話/わたしをみてください

「わたし」の視点から始まり、「わたし」で終わる短編物語。


●13話/雨音人魚

都会に住む小学生人魚の短編。


●14話/女の惚れた弱み

喧嘩中の何でも屋喧嘩カップル。


2019/12/18~2019/12/31

1話/わたしをみてください


「ここで何をしているの?」

 突然、背後から声をかけられた。びくりと肩を震わしながら振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。長い黒髪を三つ編みに結われ、赤縁の眼鏡に着崩れせずにきちんと着た紺のブレザーに黒と赤のチェックのスカート。スカートの丈は膝までと校則を守った格好。

 彼女がわたしを見ている。目に溜まった涙がほろりと目尻から溢れる。溢れる涙は頬を伝い、ぽたりぽたりとセーラー服を濡らし染みが広がった。

「……泣いていたの?」

 わたしの様子に眉を下げて悲し気に瞼が伏せられる。その表情を見て、胸がきゅう……と苦しくなった。そんな顔をさせたい訳じゃないの。ごめんなさい。ごめんなさい。

「帰りましょう。遅くなっての下校は危ないわ」

 そっと手を差し伸べられた。

 わたしのことを心配してくれるの?

 彼女と、彼女の手を交互に見る。外を見れば暗くなり始める夕頃で、遠くから烏のかぁかぁと鳴き声が聞こえる。涙を拭って、差し伸べてくれた手を握ろうと手を伸ばした。

 ──その時、後ろからわたしの体を突き抜けて女子生徒の手を握った。

 わたしの手じゃない。

 わたしの体を突き抜けた手を女子生徒が握る。彼女は背を向けて橙色に染まり始める廊下を歩き出すと、わたしの後ろから紺のブレザーを身に纏った茶髪の女の子が手を引かれて前を歩いている。中途半端に伸ばされたわたしの手を握られることなく、置いて行かれる。

 どうして……?

 二人の女子生徒の背中を、ただ呆然を見送り力なくその場にへたり込む。止まった涙が悲しみと混乱に溢れて、ぎゅっとスカートの裾を握り締め、丸く蹲った。わんわんと泣き喚いても誰も見向きもしない。手さえも握ってくれない。悲しみ、辛さ、苦しみに涙が止まらない。ぽたりぽたりと溢れる涙は床へと滴り落ちる。けれども、涙が床を濡らすことなく消えた。


2019/12/18 月海



2話/たすけてください


 ふらふらと彷徨う。宛もなく、何処へ行くも何も考えず、ただふらふらと彷徨う。時刻は何時だろう? 夕方の時間はあっと言う間に過ぎて真っ暗闇が広がる学校、気づけば夜になっていた。ひたひた、ひたひたと足音を立てながら廊下を進む。ひんやりと足が冷たい……。

 あの子はどうしてわたしの手を握ってくれなかったのかな? わたしの後ろから現れた女の子の手を握ったのにわたしの手を握ってはくれなかった。私の目を見て問い掛けてくれたのに。心配そうに見ていたあの目は嘘なの?

 ああ、思い出すと胸が苦しくなってしまう。かたい縄で心臓をぎゅっと締め付けられているような感覚に胸を押さえて蹲る。鼓動は感じられないけれど、とても胸が苦しいの。

 とても、とても、とても。苦しい。

 耐えるように瞼を閉じると、真っ暗闇の奥から小さな光が見えた。小さな小さな光、蝋燭の灯りよりも淡い光。けれども小さな光なのにどこか眩しくて目に針が刺さっているかのように痛い。目を閉じているのに眩しいのは何故? じっと眺めるのも目に悪く感じて、目を開けて顔を上げる。今度は丸く眩しい光りが見えた。瞼の裏から見た光とは違う、人工的な丸い光り。目を細めて光りを睨むと、月明かりが届く位置に足を踏み入れた人の姿がはっきりと見えた。

 男の人だ。

 学校を見回る警備員だ。見たことない警備員のおじさんだけれど、学校を見回っているならわたしを助けてくれる……!

 縋る気持ちを抑えきれず、わたしは縺れそうになりながらも立ち上がって両手を伸ばした。

「ひいっ!」

 警備員のおじさんは尻餅をついてしまった。慌てて駆け寄っておじさんの前に立つけど、とても怖がっているような顔をしてる。わたしの後ろに何かいるの?

 大丈夫ですか?

 警備員のおじさんに手を差し伸べるけど、警備員のおじさんは悲鳴を上げて暗い廊下の先へと走って行ってしまった。落とされた懐中電灯が足元までころころと転がる。あの人工的な丸い光りは懐中電灯の光りだったみたい。懐中電灯を掴み上げようと屈んで、触れる寸前に灯りが消えてしまった。電池切れかな。

 皆、わたしを置いていく。手を伸ばしても届かない。わたしは嫌われているから皆が無視をするのかな?話したくもないのかな? すとんと悲しみは消えて、ぽっかりと胸が空いた気がした。


2019/12/19 月海



3話/しあわせがにげるためいき


 気が付くと、わたしは学校の屋上に立っていた。耳元からひゅうひゅうと風の音が聞こえる、外に出ているんだ。広がる世界は明るい青い空が広がっていて雲一つない爽快な天気。良いお天気のはずなのに、わたしの心はぽっかり穴が開いているかのように良い気分も擦り抜けてしまう。はぁ、と溜め息が出てしまった。

 きぃ、と金具が擦れる音が後ろから聞こえる。振り返った先にはこの間の夕方に声をかけてくれたはずの三つ編みに結った黒髪の女の子が屋上へ足を踏み入れていた。

 わたしに会いに来てくれたの?

 ぽっかりと開いた胸の穴が、嬉しさや喜びで塞がるような感覚を覚えながら黒髪の女の子に近付いて顔を覗き込んだ。けれども女の子と目は合わずに目を逸らされてしまう。慌てて正面へ回り込んで目を合わせようとするけれど、また……目を逸らされてしまった。目さえも合わせてくれない、会いに来てくれたと思っていたのにこの仕打ちはなんだろう? 苦しくなって耐えるように唇を噛み締めた。用が何だったのかわからないまま、女の子は屋上に背を向けて早歩きで出て行ってしまった。

 待って。待って。どうして無視をするの?

 問い詰めよう。そう決断したわたしは女の子を追いかけることにした。

 追いかけている途中、学校に通う何人もの生徒とすれ違うけれど、誰も目が合うことがなかった。楽しそうに談笑している光景が何度も視界に入る。教室で女の子達がきゃらきゃらと笑いながらお菓子を食べたり、外ではボールを追いかけて蹴る男の子達。時々足が縺れて転びそうになりながらも走るわたしの姿に、何事かと廊下を覗こうともしない。皆がわたしを無視をする。そうはっきりと自覚してしまった苦痛に涙が溢れそうになる。

 黒髪の女の子に追い付いた。ぐるぐると思考が回りながら聞きたいことを頭の中で浮かべて、走る勢いのまま彼女の後ろから肩に触れる。

 話があるの。どうしてわたしを無視するの? どうして声をかけたの? どうして手を差し伸べて甘い期待をさせたの?

 問い詰めようと口を開いたけれど、黒髪の女の子は突如、消えてしまった。聞こえるものは劈く悲鳴と苦痛に喘ぐ声。

 何が起きたの? 女の子は何処へ消えてしまったの?確かに彼女の肩にこの手で触れた……触れたはずなのに一瞬にして消えてしまった。

 問い詰めたい相手もいなくなり聞けずじまいでがくりと肩を下げて落胆し、踵を返す。聞こえるものは、先程から止まない慌ただしい声。溜め息がまたこぼれた。


2019/12/20 月海



4話/はっとしたときには、もう


 今日も宛もなく、ふらふらと体が不安定に揺れながら廊下を進み、階段を昇り、下がり、またぐるぐると学校を彷徨う。

 本当は家に帰りたいの……。いつも歩いていた道や横断歩道を渡って、帰り道に川や花を見たり、井戸端会議をしてる女性達や散歩をしているおじいちゃんとその愛犬とすれ違ったりしていた。家には帰りを待ってる小さくて可愛い妹と一緒に遊んだり、おやつを食べたり、手を繋いで買い物に出たり。学校の宿題を解いたり、お母さんが作ったご飯を食べて、お風呂に入って、遅くまで仕事をして疲れて帰ってきたお父さんにおかえりって出迎えて寝る。そんな日常が今や懐かしくて遠い記憶だよ……。

 でもね、帰ることができないの。教室へ向かえばわたしの鞄がない。使っている机も知らない誰かに使われていて引き出しの中身の荷物が入れ替わっていて混乱してしまったのは記憶に新しい。陽の当たりがいいお気に入りの窓際の席なのに……。荷物は捨てられたのか、それとも隠されたのか。学校中を探し回るけどどこにも見当たらなくて落ち込むだけだった。

 鞄がない。机は誰かが使っている。何よりわたしのスクールシューズがなかった。靴箱にはまた知らない誰かのローファーがあって、これでは帰るにも帰れない。鞄も、席も、靴も。ない。

 学校では生徒から無視をされるし視線も合わないし。教師ともすれ違って挨拶をしたけど、見向きもせずに職員室へ入っていたから教師からも無視をされた。まるではじめから何もいませんと言わんばかりなんだもの。わたしはここにいるのに。

 家へ帰ることもできないなんて、おかしいよ……。誰がこんな酷いことをするの?

 とぼとぼと歩きながら教室へ戻ってきた。教室には見覚えのないクラスメイトがいるけれど、相変わらず誰とも視線が合わない。お気に入りの窓際の席を見れば誰かが座っていた。顔を見れば、黒髪の女の子の手を握った茶髪の女の子がわたしの席に座っていた。

 どうしてあなたがその席に座っているの? その席はわたしの席だよ。まさか、わたしの荷物も鞄も靴がないのはあなたのせいなの?ねえ。

「……寒気がする」

 ねえ、とわたしの問い掛けに応えることもなければ視線が合わないまま寒そうに腕を擦られた。

 寒気がするですって? あなたがあの女の子の手を握ったから、荷物も鞄も靴も隠すから、わたしはこんな惨めな思いをするのよ! 荷物を隠され、席を盗られ、女の子の助けてくれるの手を握って奪った嫉妬、わたしは耳を擘く勢いで怒りに任せて叫んだ。

「う、ぅ……っ」

 ガラスが割れる激しい音が響き渡った。瞬間に悲鳴と苦痛の呻き声。はっとした時には茶髪の女の子は窓ガラスの破片で全身を切り裂かれ床に倒れ込んでいる姿を見下ろす。窓ガラスは全て割れている。

 わたし、なにもしてない、なにもわるくないもん!


2019/12/21 月海



5話/したたるなみだ


 ふらふらと覚束ない足取りで暗く長い廊下を歩く。外は暗く静かで不気味な夜の時間になり、月は厚い雲で月と夜空をどこまでも覆っている。町や学校に設置されている電灯や蛍光灯が薄暗く照らされていることで辛うじて見えるけど、人間の肉眼では慣れていない暗闇は暗く不気味で背筋が凍るほど寒い。けれども、わたしの目にははっきりと自分の足が見える暗闇だった。この先もはっきりと見えるし、むしろぞくりとさせる寒さ、暗い学校はとても居心地がいいの。

 また、宛てもなく彷徨う。ふらふら、ふらふらと。

 暗い視界の先でうっすらと明かりが見えた。目を凝らして見てみると、廊下の突き当りの曲がり角の先から光りが照らされているみたい。

 こんなにも居心地のいい暗闇の中で光りを出しているのは誰? ふらふらとした足取りのままゆっくりと明かりが見える突き当りの曲がり角へ向かった。ゆらりと頭から覗かせると、懐中電灯の光りが視界いっぱいに広がった。眩しい。

「見つけた……」

 目を守るために手で目元を覆い隠すこともなく眩しい懐中電灯の光りを直視していると、女の子の緊張感で震える声が聞こえた。

「探したんだよ」

 わたしを探しに来てくれたの? 学校にいても無視をされる、わたしを。何だか女の子の声を聞いているとお日様に当たっているかのように胸がぽかぽかして暖かくなるけれど、胸に触れてみたらぽっかりと開いているだけでぬくもりを感じることもなく体を突き抜けるだけだった。気のせいだったみたい。残念。

 けれども懐中電灯の光りで相手の姿がわからない。暗闇の視界なら見えるのに、懐中電灯の光りで向こうが見えないの。

 懐中電灯が斜めに傾けられ光りの向こう側が見えるようになった。おかげで女の子の姿が見えるようになる。わたしを探しに来てくれた女の子の姿はわたしと然程に変わらない年の綺麗な顔をした女の子だった。それと同時に、女の子が纏うきらきらしている光に気づく。

 あれ、あれ。あれ? どこかで覚えがある光だ。どこで見たことがある? 纏う光が眩しくて瞼を落としかけたところではっと思い出した。瞼の裏で見えたあの光だ。嫌悪でいっぱいになってしまった、光。

 女の子がしっかりとした足取りで一歩一歩近づいてくる。凛とした意志のある瞳がわたしを見ている。羨ましいと思えた。けれども今は近づいてほしくはなかった。彼女がわたしに近づけばわたしも一歩退いて、一歩、また一歩、縮まる距離に光が眩しくて肌焼けるように熱くて悲鳴をあげる。

 やめて! 近づかないで!

「こうして会いたくはなかった……」

 綺麗な顔が悲しく悲痛に歪む。あなたにその顔をてほしくない。悲しみと泣きたい感情とは裏腹に、女の子が怖くて体が震えて腰を抜かして尻餅を突いてしまった。目の前でしゃがみ込まれて顔を覗き込まれる……。彼女の瞳に映るわたしは目を覆いたくなるほどの赤。けれどもすぐに手で顔を覆われて何も見えなくなる。あの赤はわたしなの? わたしは、人間だよね…? ぼろぼろと涙が零しながら、彼女の手のぬくもりに安心感を覚えながらわたしの意識は遠退いていった。


2019/12/22 月海



6話/ん、と手を差し伸べてくれた


 午後五時を過ぎた夕暮れが近づく時刻。一人あたしは学校に残っていた。帰宅部でさっさと帰ろうと荷物を持って昇降口へ来たまではよかったものの、自分の靴箱を見ればローファーがなかった。他の靴箱を覗いても見当たらない。女子のくすくすと笑う声が外から聞こえたところでローファーを隠されたことに気づいてしまった。慌てて笑い声がする方へ向かったけれど、笑い主の女子達は正門を抜けていて追いつけない。その後は学校中を探し回っても見つからなくて、どうしようもなくなって一人でめそめそと泣いていた。靴を隠されたことに思い当たることはある。

『生徒会長の妹? 似てないじゃん』

『妹がブスで生徒会長もかわいそー』

 あたしの姉は学校の生徒会長なの。とても綺麗なお姉ちゃんで、成績優秀でスポーツ万能。優しくもあり厳しく頼りになる人。生徒からも教師からも信頼が厚い完璧なお姉ちゃんなの。そりゃああたしはブスだよ。姉はいつも髪を三つ編みに結ってるけど、解くと長い髪がふわふわしてとても綺麗なの。モデルさんのように綺麗で学校一モテるんだよ。そんな姉の妹であるあたしは平凡で、比べると月とスッポンだよ。でも、嫌いにはなれない。大好きなお姉ちゃんだもん。あたしの自慢なお姉ちゃんなの。

「ここで何をしているの?」

 背後から声をかけられた。肩を震わしながら振り返ると、赤縁の眼鏡にきっちりとブレザーを着こなす姉が立っていた。生徒会の仕事が終わったのか、姉は自分の鞄を肩から提げている。

「……泣いていたの?」

「靴、隠されちゃって……っ」

 めそめそと泣くあたしの様子に眉を下げて悲し気に瞼が伏せられた。瞼が開いた瞳は怒りが見える。「ふざけんじゃねえよクソガキ共が」って小さくぽそりと言ってるけど聞こえるからね。こう見えてお姉ちゃんは口が悪い、そして家族思いなの。

「帰りましょう。遅くなっての下校は危ないわ」

 そっと手を差し伸べられた。外を見れば暗くなり始めて、遠くから烏のかぁかぁと鳴く声が聞こえた。ん、と早く手を握れと手を振って急かされる。涙を拭ってお姉ちゃんの手を握った。

 夕方の色に染まる廊下を二人で手を繋いで歩き始めたその時、ひやりとした悪寒が走った。振り返るけれど、何もいない。

「どうしたの?」

「少し寒気がしただけ」

 あたしの様子に気づいて顔を覗き込むけど、気にしないでと首を振った。学校の怪談話で幽霊が彷徨っていると聞いたことがある。さっきの悪寒はきっと気のせい。

「今夜はよく温まって寝なさい」

 そう言って姉は自分の靴を穿いて、あたしに鞄を持たせて背中を向けてしゃがんだ。ごめんなさいと口走りながら姉の首に腕を回して背中に乗ると両膝に腕を回されよいしょと立ち上がった。姉と同じ目線まで高くなる。「ありがとうって言ってほしかったわ」と少しむっとした声で言われて慌ててお礼を伝えた。

「……あんたは私の妹よ。可愛い妹なの」

「お姉ちゃんは綺麗だよ」

 姉に背負われながら二人で下校する。靴を隠されたのは初めてだけど、それよりも前から私物がなくなったり足を引っ掛けられたり陰湿なことに遭遇していた。姉に黙っていたのに、知られた時は何故知らせなかったのかと般若の顔をされたのは記憶に新しい。心配してくれたんだとわかっていたけれど、般若の顔は怖かった……。


2019/12/23 月海



7話/出た、噂の幽霊


 何の変哲もない夜の学校。時計の針が十二時を越える深夜、一人警備員の男は懐中電灯を片手に夜の学校を巡回していた。何千回と慣れてしまった深夜の巡回も気を緩ませることなく懐中電灯を照らしてあちこちを見回っていた。

 三階へ昇った先で、ふとぞくりと背筋が寒くなった。今夜は一段と冷えるようで、中に防寒着を着込んで正解だったと口には出さずにほっとする。防寒着もなしに寒い学校を巡回するのは何かと辛いものがある。

 ぞくりのする寒気で一つ思い出した。最近、生徒や教師まで幅広い年代の者から学校で幽霊が出ると噂をついこの間になって同僚から聞いた。何でもセーラー服を着た女子生徒の幽霊らしい。 セーラー服、と聞いて首を傾げた。首を傾げたのは男だけではないだろう。もしこの学校に通う生徒が過去に何らかの理由により亡くなったのならば、幽霊でも着ている衣服はブレザーでもおかしくはないのだ。殆どの人間は「セーラー服?」と首を傾げるだろう。

 男は学校の警備員を勤め続けてあれこれ十年は経つ。十年前の当時、勤務中の元教師に在学していた教え子である女子生徒が殺害される悲しい事件があった。元教師の自宅からは殺害した女子生徒の写真が部屋中びっしりと貼り付けられていたらしい。ストーカー行為だ。動機は『セーラー服の綺麗な女子生徒に一目惚れしたから。』らしい。確か、この学校の制服はブレザーの前はセーラー服だったような……。殺害事件に勃発したことがきっかけで制服が変更された話しをうっすらとした記憶から引き出した。事件解決後に男がこの学校の警備員に勤めるわけだが、もし自分の愛娘だったらと想像するだけでぞっとする。

 今や薄れてしまった記憶。噂も所詮は噂。仕事中だと頭を振って集中した。もしいるとしても十年も経っているのだ。幽霊などいるはずがない。

 巡回再開したところで、耳に残る不審な音が聞こえた。ひたひた、ひたひた。裸足で歩くような音がする。ひたひた、ひたひた、ひた……。音が止んだ。不審な音が止んだ方向は男の正面から真っ直ぐの長い廊下だ。不審人物かもしれない。警戒を強めながら音の止んだその先へ進んだ。

 暗い視界の中、月明かりが届く窓の側へと近づいた。懐中電灯をゆっくり左右、上下、斜めへと傾け何かを照らす。何かが蹲っているように見え、懐中電灯の光りを当てた。そこで蹲っていたのは、男を見上げる血塗れのセーラー服の女子生徒。噂の幽霊が、そこにいる。男の姿を目視すると、幽霊は動きは遅いものの、足を縺れさせながら両手を伸ばして男に襲いかかってきた。伸びされる蒼白い手は赤い血で濡れている。

「ひいっ!」

 怯んで尻餅を突いてしまった。すぐ目の前まで幽霊がいる。ぽたぽた血を滴らせながら手を伸ばされた。殺される。情けなくも悲鳴を上げて逃げてしまった。懐中電灯を放り投げて、暗い廊下を走り、階段を降りて待機室に雪崩込むように逃げ込んだ。中には交代待ちで待機している同僚がいた。驚いた顔で男を見ている。

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「いた、いたんだ」

「…不審者か?」

「噂の幽霊が!」

 滝のように汗を流しながら叫ぶように幽霊と遭遇したことを伝える。だが、男は倒れてしまった。慌てて男を揺さぶるが、触れた箇所はひやりと冷たかった。


2019/12/24 月海



8話/生きた色のない女の子


 三日前、警備員のおじさんが倒れて救急車に運ばれたと学校に情報が回った。現在入院中とのこと。何でも幽霊を見た、と言って倒れたらしい。今でも目を覚まさないらしく、話を聞いた者は「呪いなのでは」と噂が一気に広がった。

 生徒会長である私に調べるようにと回ってきた。面倒事を押し付けられたとも言う。生徒会総出で学校中を調べて回るかと話し合ったところ、幽霊が怖くて嫌だと逃げた後輩が殆どだった。私と副会長、真面目な者しか残らず、「あの薄情者達め」と悪態を吐きながら仕事の書類を回してやるとぶつぶつと文句が残された者達の口から溢れた。

 各自が“見回り中”の腕章を安全ピンで落ちないように固定し、フロア毎に調べて回ることに。私は屋上と下のフロアを調べることが決定し、まずは屋上へ向かうことにした。

 目撃情報は以前から多々あった。「鏡や窓ガラスにセーラー服の女子生徒が映る」、「突然、寒気がする」、「ひたひたと足音が聞こえる」、「霊が学校を彷徨いている」、などと生徒から教師まで多数の目撃情報があった。噂が真実なのか定かではないけれど、一つ一つ潰していくしかない。面倒くせぇ。けれどやるしかない。妹とのお菓子作りの約束がパァだよ。誰もいない屋上へ続く階段を昇りながら隠しもせずに大きく舌打ちした。

 きぃ、と金具が擦れる耳障りの音を立てながら扉を開ける。屋上へ来てみたはいいものの、風が吹くだけで何も変わりはないように見える。屋上を見回しても……何もいない。さっさと下のフロアへ向かうために屋上を後にした。隅から隅まで目に通し、空き教室も中を覗いては何もなければ踵を返す。生徒が過ごす教室を覗いても異常はなし。

「あ、生徒会長!」

「聞きたいことがあるの。話を聞いてもいい?」

「どうぞ!」

「最近、噂になっている幽霊について調べているの。何か知っていることはない?」

 教室や廊下に出ている生徒や教師から情報収集しながら調べてゆく。けど、集まった情報はどれも同じものばかり。粗方調べ回ったところで情報を纏めた方がいいかと判断し、生徒会が利用している部屋へと向かうことになった。階段を降りようと向かうのだけれど、肩に……誰かが触れた。

「……え?」

 足を踏み外した訳でもなく、誰かに肩を押されたのだとわかった。落下すると同時に自分の口から発された悲鳴が階段から廊下へと響き渡る。床に強く体を打ち付け、衝撃に頭の中は真っ白になり痛みに呻く。

 揺れる視界で見えたモノは、階段に立ち竦む……胸がぽっかりと開いた血塗れのセーラー服の女子生徒。生きているはずのない蒼白さ。この学校にセーラー服を着る生徒はいない。あのセーラー服の女子生徒が幽霊なの?

 そう判断したところで妹の顔が脳裏に浮かぶ。

 死ぬの? 妹を残して? 死にたくない。

 気を失っても意地でも目覚めてやる。呪われてたまるか、と心の中で悪態を吐いたところで私の意識は落ちた。


2019/12/25 月海



9話/辿るは暗闇、ただ、姉を想う


 お姉ちゃんが階段から転げ落ちて入院した。救急車に運ばれて入院した日から三日が経過するけど、お姉ちゃんは目覚めない。

 最近、学校で噂になっている幽霊について調べ回っていたんだって。お姉ちゃんが愚痴混じりに「教頭に押し付けられた」とぶつぶつ言っていたのは覚えてる。押し付けられることがなければお姉ちゃんとお菓子作りをするはずだったのに……。それでも回ってきた仕事はやらなきゃいけないからと真面目なお姉ちゃんは、「終わったらお菓子作りやるから! 絶対に!」と血涙流す勢いで約束した。今じゃそれも先へ伸びてしまって約束を果たせない。お姉ちゃん、目を覚まさないの。

 瞬く間にお姉ちゃんこと生徒会長が幽霊の呪いで目を覚まさないのだと学校中に噂が広まった。耳を澄ませばお姉ちゃんが階段から落ちた話や警備員のおじさんは呪われたんだってひそひそ話しが聞こえる。階段から突き落とされたかもしれないし、お姉ちゃんが階段から足を踏み外して階段から落ちたのかもしれない。それでも噂により幽霊の仕業だって皆大騒ぎ。お姉ちゃんが何をしたの?警備員のおじさんも何をしたって言うの?

 いじめになりつつある行動を取る女子達からからかわれるしいじめもあったけど、お姉ちゃんのことが心配で、噂話に参ったあたしは無言を貫いた。

「生徒会長呪われちゃったんじゃないの?」

「もしかして死んじゃうんじゃない? あはは!」

「あんたも呪われてた死ねばいいのに!」

 あたしのことはどうでもいいけど、席の真ん前に一人、逃げられないように隣に一人が立ってげらげら笑いながら最低な言葉を投げつける。あたしの席は窓際だから隣に立たれると動けないよ……。でもね、目覚めないお姉ちゃんに不謹慎だと思うの。他人事だから笑って楽しい? 大好きな人《家族》が目覚めないことがそんなに楽しい?

 ちらっと二人を見たところで怯えたようにびくっとしてはそそくさと離れて行ったのは呆気なかった。今のあたし、魚の死んだ目をしてるってお母さんから泣きそうな顔して言われたから、その顔見て怯えたのかな? 不気味だと思われたのかな? それとも人を殺しそうな目で見ていたのかな? 何でもいいや。

 あれから一週間が経った。いじめもなく、異変もなく。友達は気を遣ってくれるけど、クラスメイトから遠巻きにされる日々が過ぎた。窓際でぼんやりと空を眺める。

 お姉ちゃんは目覚めない。警備員のおじさんも目覚めない。おじさんのご家族と会ったことがあるんだけど、奥さんも娘さんも辛そうにおじさんの病室に入って行くのが見えて苦しくなった。あたしも、同じなの。お姉ちゃんもおじさんも早く目覚めてほしい。

 ぞくりと寒気がしてぶるぶると震えた。一瞬だけじゃなくて、冷気を発する大きな氷が側にあるかのように嫌な気がする寒さ。

「……寒気がする」

 寒くて腕を擦った。

 ──ピシッ、ピシッ。

 何か罅が入るような音が聞こえた。音はすぐ側、窓を見上げようと顔を上げようとしたその時、窓ガラスが割れる瞬間を目の当たりにした。降り注ぐのは割れた鋭利なガラスの破片。頭を、顔を、腕を、体を、全身に降り注ぎ鋭い痛みが全身のあちこちから走った。

「う、ぅ……っ」

 何が起きたのかわからず、あたしは意識を失った。


2019/12/26 月海



10話/飲み込まれる前に・前編


 セーラー服の血塗れの幽霊が現れると噂を聞いて、私は病院へ訪れた。向かう先は階段から落ち、意識を取り戻したと知らせられた女子高校生三年生のもとへ。病室は個室らしく静かに話が聞けるといいな、と思いながらノックした。「どうぞ」と凛とした女性の返答が。「失礼します」と返し、深呼吸してから扉をスライドして開けた。向かって窓際の左サイドのベッドに座って読書中の黒髪の女性が。隣のベッドには顔も首も頭も腕にも包帯が巻かれた茶髪の女の子が眠っていた。彼女とよく似ている。

「…連絡を入れた者です」

「ああ、あなたね」

 目覚めてから三日後、アポ取りの連絡を入れた私は約束の時間に訪れた。どんな話をするのか、彼女は理解した上で私と向き合う。手に取り読んでいた小説はサイドテーブルに置かれ、パイプ椅子に座ってどうぞ、と指した。頭を下げパイプ椅子に腰掛けた。

「私達を襲った幽霊について話を聞かせて」

「恐らくは私の姉です」

 十年前に死んだ姉だと答えた。彼女は目を細め眉を顰める。

 私達家族はかつてはこの地で暮らしていた。姉は学校で教師に胸を刺され、抉られ、心臓を潰されて殺害されたの。『セーラー服の綺麗な女子生徒に一目惚れしたから。』と。加害者の自宅には姉をストーカーして盗撮した写真がたくさん出たと聞いた。殺害動機は『告白を断られて激情したから。』だとも。ふざけてる。この事件がきっかけに制服が変えられたそうで。

 事件が起きて、三年の時間をかけて裁判も終了してからは遠くへ引っ越した。私はまだ三歳で、姉が殺害された理解ができず、引っ越す六歳になって漸く姉と二度と会えないのだと理解して大泣きした。

 この地へ戻って来たのは、母がテレビニュースを見て発言したことがきっかけ。『ここ、昔暮らしていたところよ。警備員が一人、生徒が二人が意識不明なんですって。お姉ちゃんが死んだ頃にこんなニュースなんてやだわ。涙が出る……』なんて目頭を押さえながらテレビの電源をオフにしようとした母を止めて、私は食い入るようにニュースを見た。これをきっかけに故郷へ戻ってきたわけ。ただ第六感が働いて動いたと言うこともある。

「……本当にあなたの姉なの?」

 訝しげに見る彼女の反応は当然だと思う。突拍子もない話だから。手帳を胸ポケットから取り出し、挟んである写真を抜き取り彼女に差し出した。彼女は受け取ると、はっとしたように息を呑み、静かに目を閉じて写真を返される。生前に姉妹と撮った大切な写真。

「私が見た幽霊と瓜ふたつよ。信じざるを得ないわね」

と言ってベッドから立ち上がった。隣で眠る女の子を見下ろす。

「妹なの。私は意地でも目覚めたけど、二人は眠ったまま」

「……」

 無言のまま、席を立った。

「私は、姉を……お姉ちゃんを探します」

「正気じゃないかもしれないのに?」

「幽霊に理性を求めていません。覚悟の上です」

「そう。必ず、あなたのお姉さんを見つけなさい。すぐに学校への入校許可証も連絡しておくから」

「……ありがとうございました」

 頭を下げて、病室から退室した。私はただ、姉を探しに来ただけ。可能ならば大好きな姉を助けたい。動くなら、今夜。彼女のおかげで早く姉と再会できるかもしれない。


2019/12/27 月海



11話/飲み込まれる前に・後編


 黒髪の彼女に学校入校許可証を発行してもらい、深夜の学校へ入らせてもらった。こんな時間に学校へ入るのもおかしな話よね。本来ならば進入禁止なんだけれど、噂の幽霊騒ぎで学校側も参ってるみたい。

 懐中電灯で廊下や教室を照らしながら慎重に進む。ここはとても寒い。学校全体が気温による寒さでひんやりしているのではなく、嫌な寒気がして気持ちが悪かった。ここに幽霊がいるんだと思わせられる。空は月を覆い隠す程の厚く黒い雲、月明かりがとても遠くに感じる。如何にも“何か”が出そうな雰囲気ね。噂の幽霊が……お姉ちゃんがこの学校を彷徨っているのなら、殺害された当時の姿のまま彷徨っているのかもしれない。お姉ちゃんを見つけるには片っ端から歩いて見て回るしかない。息を整え、一歩、また一歩を慎重に進んでゆく。

 私の視界の先ににある曲がり角から懐中電灯に照らされながらひょこりと頭を覗かせるモノがいた。血走った両目から涙のようにぽたぽたと伝い落ちて、口から垂れる赤い血。ゆらりゆらりと不安定な足取りで曲がり角から出て来て全身が顕になる。ぼろぼろのセーラー服は血濡れていて、一番目立つものは、心臓があったはずの胸が大きな穴がぽっかりと開いて向こう側が見える、ソレ。人ではない、悪霊になりつつあるようにも見える幽霊は、まさしく私が探していたお姉ちゃんだ。うっすらとぼやける姉の記憶の姿にそっくりだ。歳を取っていないように見える。……それもそうか、生きて、いないんだもん。

「見つけた……探したんだよ」

 懐中電灯を向けられているお姉ちゃんは眩しそうに目を細めた。十年ぶりに見たお姉ちゃんの姿は見るも無残な姿、それでも死んだあの日から変わっていない。会いたかったお姉ちゃんの姿が見れて心躍らせるけど、血塗れの姿はとても辛くて悲しい。お姉ちゃんは自分の胸に触れているけど、ぽっかりと開いた胸は触れることなく突き抜けている。

 懐中電灯を下ろして、お姉ちゃんへと近づいた。襲い掛かってくる可能性もあった、目を覚まさなくなる程呪われる可能性があった。それでもお姉ちゃんが少しでも救えるのなら怖くなんてない。一歩また踏み出していると、私に襲いかかるかと思いきや、お姉ちゃんは怯え出した。

「こうして会いたくはなかった……」

 一歩一歩近づくけど体を震わして怯える。でも、目を逸らさないままお姉ちゃんは尻餅をついてがたがたと震える。どうして、襲いかからないのか疑問が浮かぶ。お姉ちゃんの前にしゃがんで、目を合わせるように顔を覗き込んでお姉ちゃんと目が合う。濁った瞳の色は光が見えない、けど、どこか光を見ているような気がした。

 お姉ちゃんは悪霊に成り果てる前に、闇へ飲み込まれる前に成仏してほしい。でも私にできることなんてない。お姉ちゃんを見つけたい。優しい手で頭を撫でてほしい。笑いかけてほしい。抱き締めてほしい。名前を呼んでほしい。叶わない願いだけれど、お姉ちゃんはまだ理性が残っているようにも見えた。小さな小さな微かな声で私の名前を朧気に呼んだ。目元を見えないように覆い隠して、私はぼろぼろと涙を流す。覚えているのか定かではないけれど、名前を呼んでくれた。すると、お姉ちゃんは空気に溶け込むかのようにすぅ……と消えてしまった。外を覗くと雲が晴れて月が顔を出している。

「……お姉ちゃん……っ!」

 冷たい廊下に座り込み、一人私は涙を流した。


2019/12/28 月海



12話/終わりは死を迎える。


 授業も終わって、放課後にとある教師から呼び出しを受けていたわたし。友人に「何をしたの?」と呆れたような心配しているような目で問われつつ、友人と別れてわたしは指定された教室へ向かった。

 指定された教室へ踏み入れると、そこで待っていたのは女子達に人気のイケメン教師が立っていた。クラスメイトもきゃあきゃあはしゃぎながらかっこいいなどと頬を染めている姿をよく見かける。でもわたしは苦手な先生なんだよね……。

 呼び出しを食らった理由は何だろう?先生はわたしが来たことがわかると笑顔で迎えてくれた。わたしも笑顔を浮かべるけど、裏腹にわたしはぞわぞわと寒気を感じさせて気持ちが悪い。何だか嫌な予感がしてならない……。笑顔を浮かべたまま向き合うと、手を差し出された。もう片手はポケットに差し込まれている。

「好きです。僕とお付き合いしていただけませんか?」

 呼び出した理由は先生からわたしへの告白だった。先生、わたしのことが好きだったのか。へぇ。イケメン教師に二人きりの教室で告白されたわたしは存外冷めていた。悩む暇もなく返事は決まってる。呼吸を整え唇を開いた。

「ごめんなさい。お付き合いできません」

 頭を下げて断る。顔を上げて先生の顔を見れば傷ついたような表情でわたしを見る。断られると想像していなかったのかな? 差し出した手は降ろされぎゅっと強く握り拳になる。

 教師に告白されたなんてお父さんに聞かれたらどんな顔をされるのやら。わたしは教師と付き合う気もない。この先生、どこか変なんだもん。わたしを舐め回すようにじろじろと見てくるし、不気味で仕方なくて怖くて気持ち悪い。イケメン教師だからって、こうもされると嫌なものは嫌だから。

 それよりもわたしは早く家に帰りたかった。妹が帰りを待ってるの。一回りも違う年の離れた可愛いわたしの妹。わたしが帰ってきて靴を脱いでる間に妹が玄関へ直行しては短い腕を伸ばして抱っこをねだってくるの。「おねえしゃ、おねえしゃ!」なんて舌足らずに呼ぶものだから、わたしもつい甘やかしちゃって抱っこしちゃうんだよなぁ。今はまだ妹と遊びたいし、構いたいし、成長を見守りたい。恋愛は今より大きくなってからでもいいでしょ? わたしはまだ高校一年生だもん、恋もいつ来るかもわからないしね。

 さあ、帰ろう。

 セーラー服のスカートを整え、教室に残してある鞄を取りに戻らなきゃ。

「失礼しました」

 再び頭を下げては踵を返す。扉に向かって足を動かそうとしたその時、肩を強く掴まれ無理矢理振り向かせられた。この教室にいるのはわたしと先生しかいない。告白を断られたから腹立てたの? 「何なの!?」と睨みつけて文句を言ってやろうかと口を開こうとして先生の顔を見た。表情は激情した顔で、もう片手はポケットに突っ込んでいた手、刃物が握られている。迫り来る鋭利な刃に頭の中は真っ白になり、抵抗の間もなく胸に受け止めた。

 これが、真相。


2019/12/29 月海



13話/雨音人魚


 都会に暮らす、一人の藍色の髪の少女が住宅街を歩いている。藍色の髪に、毛先になるにつれ淡い水色に染まる美しい髪が歩く度に静かに揺れる。白いワンピースを身に纏い、藍色の髪によく映える。背中には空色のランドセルを背負い、小学生であることがわかった。

 ふと、くらりと目眩がした。その瞬間に藍色の少女は「雨が降る」と確信した藍色の少女は急いで自宅へ向けて走る。空を見上げれば雨が降り出しそうな大きな雲が広がっている。ばたばたと足音を立てて、ランドセルの中に入っている教科書やノートが跳ねてがたがたと音立てる。

 自宅の扉を開けて、靴を脱ぎながらリビングにいるであろう母に向けて大きな声を上げた。

「お母さーん!雨降るよー!」

「大変! プールに浸かっておいで!」

「はーい!」

 靴が脱げないように固定していた面ファスナーをバリバリと音を立てながら剥がし、邪魔にならない隅に踵を揃えて靴を置いた。

 藍色の少女が直行した先は自室でもなく脱衣所で、ランドセルを棚に押し込み、靴下とイルカのマークがたくさんプリントされたショーツを籠へ放り込む。そのまま風呂場へ向かうのではなく、脱衣所に繋がるもう一つの部屋へ足を踏み入れると小さなプールがあった。小さなプールと言っても人が一人泳げる余裕がある程。藍色の少女は腕を大きく回したり屈伸したり、体をひねったりと適度に準備体操を行う。白いワンピースを身に纏ったまま、水が張られたプールへ飛び込んだ。指先から頭、上半身から下半身、足の指先と全身が水に沈んだ。深さは5mはあるだろう、口からぷくぷくと水泡が上へと浮き上がる。

 全身が水で濡れてひんやり冷たい。水深5mのプールの底まで沈むと、足が魚のように変化した。人魚だ。お伽噺に出てくるような幻想的で人間を魅了させるような美しい人魚ではないものの、現代に於いて奇跡的な光景である。

 藍色の少女は人魚だ。正確には先祖が人魚である。昔、陸へ上がった人魚が人間に恋をして、恋は結ばれ、やがては愛する人との間に子ができる。産んだ我が子は人として生活を始め、子を産み人として生きる。今となっては薄れた血であるものの、時折産まれる子孫の中で先祖返りする者もいた。それが藍色の少女だ。現代で知る者は殆どいないに等しく、唯一明かすとなると夫婦となるパートナーと親族にしか伝えられない。人魚の子孫には欠点があり、雨の日は調子が悪くなってしまう体質だ。そのため藍色の少女は真っ先にプールへ飛び込んだのはこれが理由で、水に浸かってしまえば悪い調子から良い調子になる。人魚が先祖、今は人間の生活をしているため、雨の日だと人魚に戻ろうとしてしまうその変化の反動から具合が悪くなってしまうことらしい。

「おやつあるわよ」

「今日のおやつはなぁに?」

「どら焼きよ」

 屋内プールへ入室したのは母親で、藍色の少女は水面へ顔を出した。おやつは餡を挟んだ焼き菓子で、「どら焼きだー!」とはしゃぎながら藍色の少女は母親へと泳ぎ近づいて縁に腰掛けた。三日月形の尾鰭はプールに突っ込んだまま髪に染み付いた水滴を払い、濡れる両手をタオルで拭く。皿に乗せられたふわふわのどら焼きを手に取りがぶりとかぶり付いた。今日もひっそりと隠して生活する。

 外からぱらぱらと雨の降る音が聞こえる。


2019/12/30 月海



14話/女の惚れた弱み


 黒髪の天真爛漫な女と、銀髪の知的な男が一本の道を歩いていた。だが二人の様子はおかしく、黒髪の女は酷く腹を立てたように怒りを隠さない表情で歩き、銀髪の男はむっとした表情で歩く。互いに目も合わせずに嫌悪な空気のまま進む……喧嘩中らしい。

 二人は何でも屋である。困っている人がいれば依頼を受け持つ形で魔物討伐、護衛、補助、修繕、お使いなど幅広く受け持つ恋人同士の何でも屋として、知る人ぞ知る者達だ。

 道中、トラブルが発生したことで町への到着予定時刻が大幅にロスし、夕日が沈んだ頃に町に到着し宿屋へ直行した。夜にも関わらずに受付で歓迎してくれた宿屋の女将に感謝しかない。二人部屋を借りることはいつものことであることと、女将は二人が定期的に宿屋を利用する常連客であるためいつものように対応する。時々何でも屋として依頼し頼むことだってある。凸凹喧嘩ップルな二人がいつものように喧嘩していることは一目瞭然のため、女将は「若いわ」と微笑ましげ二人部屋の鍵を手渡し見送った。

 夕食を済まし、先に長風呂になる黒髪の女が風呂へ入っている間に愛用している剣の手入れを行う。女が上がる頃には武器の手入れも終わるため、次に男が入浴する。男は女よりも長風呂はしないが湯船に数分は浸かる程度に体を休める。風呂から上がれば、ベッドには深くシーツに潜っており、男が使うベッドから背を向けて寝ていた。男は「まったく……」と溜め息。男もベッドへ潜り、寝やすいように仰向けになって天井を見上げた。おやすみと声をかけるが返事はないが。

 深夜、ぎしっ……と軋む音が聞こえたと思えば体が僅かに沈んだことで目を覚した。寝ているベッドに重みが加わったらしい。重い瞼を開けて見える視界には喧嘩中の女の寝顔が。思わず息を止めて石のように固まって動けなかった。寝惚けて入ったのか……? 混乱しつつ冷静を保つ。

 女がぶるぶると震えて縮こまる。室内温度が低く寒くて震えているようだ。冷えないようにシーツを肩までかけ、男は女を抱き寄せた。温もりを求めているのか、擦り寄っては隙間を埋める。

 朝、女の意識は目覚めた。寝息がすぐ側で聞こえる。眠い瞼を開けると、目の前に自分が惚れた男の寝顔が。何故彼が目の前で寝ている? 自分が寝たベッド……ではない。明らかに自分が寝ていたベッドではない。これは自分が寝惚けて入ったのでは…? そういえば昨夜は寒くて震えた記憶も薄っすらとある。自分がぬくもりを求めて男のベッドに潜り込んだのか。そう自覚するとぷるぷる震えた。恥ずかしい! と。

 男が目を覚ました。どきりと鼓動が激しくなる。

「……寒いのか……?」

 今にでも瞼が閉じてしまいそうな程眠そうにしている男は女の背に腕を回して抱き寄せた。ぷるぷる震えていたのは自分が寝惚けてベッドに入った恥ずかしさからなのだが、男は寝惚けているようだ。寒くて震えたわけではないのだが、男は気づく様子もなくすぐに寝息を立てる。

「……喧嘩してたのに」

 隙間なく密着したことで相手の体温が伝わってくる。とても温かい。昨夜はこのぬくもりを感じて眠っていたのか。腹を立てていたのに、あどけない寝顔を見ながら怒気が吹っ飛んでしまった。


2019/12/31 月海

●裏話●

わたしをみてください→はじめこそはほのぼのした展開を予定していましたが、小説を書くにつれホラー展開になってしまいました。小説を読むと、前半部分は「わたし」ははじめから人ではない描写から、明らかに人ではなく幽霊だとわかる描写に。後半からは真相編として、「わたし」が彷徨っている間にあった出来事を書きました。前半はとんとんと流れる展開と謎を残し、後半になるにつれ読めばわかる、そんな小説にしてみました。


雨音人魚→都会に住む人魚(子孫)。


女の惚れた弱み→書いていませんが、黒髪赤目、銀髪青目の喧嘩ップルです。


後書きの最後まで読んでいただきありがとうございました。

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