まつりのあと
電話がない。
覚めてまた思ったことがそれだった。
外は今から明るくなろうとしているころだった。
さて何をしようかなんて考えながら。体を起こして気づく。今日は予定があったのだった。さっさと準備をしよう。布団をたたみ、シャワーをあびる。
「ねぇお祭りに行こうよ」
そんな声がした。
洗濯機をまわしてから家をでる。トランクと大きな荷物を持つ。花にお酒にたばこに、いろいろと入っているせいか重い。これを持って三時間近く電車に揺られる。帰りを含めると六時間。非常に楽しく体に悪い旅である。
忘れていたものを今から作りに行こう。そんな気楽とも思えないものでいっぱいだった。
荷物が邪魔なのはわかっていた。いっそのこと今ここで捨てていったほうが僕のためになるだろう。彼女もきっとわかってくれるはずだ。昔は荷物持ちで鍛えられていた腕だったが、今はそうはいかない。道中でまだ買うものもある。その予定が尚のこと自分を苦しめる。
全国に広がる線路はだいたいの場所を通っている。しかしまだ通っていない場所もある。決して未開の地や、線路が引けないほど野蛮な土地などではない。おそらくは利用者が少ないからなのだろう。なぜこういった話をしているかというと、今から向かう場所は電車で一本などではない。幾度も乗り換えをした後のバスや車、主にタクシーである。
だんだんと人が多かったはずの電車も、もう誰もいない。席をたち荷物を肩にかける。そろそろ熱くなってきただろうか、日の話である。
「ここが私の家よ!」
「いらっしゃい冬至くん」
「お久しぶりです。おばさん」
これお土産です。なんて言いながらすべて押し付ける。
「もーありがとうねー。おばさんこのなんとかバナナ大好きなのよ!」
東京バナナです。
「それにありがとねー。忙しい中来てもらって」
「いえ、大学も落ち着いたので、連休中が一番だと思ったので。この時期でしたらおばさんもお休みを頂いているとお聞きしたので」
靴をそろえて誘われたので中に入る。勝手知ったる他人の家だ。いつもの部屋が空いているとのことなので使わせていただく。
「ここ使っていいよ、私の隣だね」
荷ほどきが終わりスマホを取り出す。そして窓からの光景を写真におさめる。ここに来た時にかならずすることだ。ちょっとずつだが家が増えてきたか。どこの家もここと違って近代的なデザインをしており、色もまぶしい。田舎だというのに、こんな場所に家をたててどうするのか。そういえば昔はあそこに畑があったはずだが、今は空き地になっている。
変わったな、なんて思ってしまう。
ノック。
「冬至くーん。お昼ご飯できたわよ。今他の子も食べているからおいで」
建付けが少し悪い扉を開ける。廊下を歩くときしむ音。古めかしい日本のお屋敷。初めて来たときは少し不便だと思う所も多々あったが慣れてしまった。
おばさんに言われて部屋を出て居間を見る。。どうやら親戚の人たちもいるようだった。皆僕の顔をみると驚いた表情をするがすぐに嬉しそうな顔をする。一瞬の悲しさは見逃さないが。
「今年は来てくれたんか! ありがとうな」
「本当冬至くんは優しいね」
名前は憶えていない。覚える気がなかったからか。
適当に頭を下げる。
大人の皆さんとまざってざるそばを頂く。別のテーブルでは子供たちがはしゃぎながら食べていた。
「冬至くん、無理してこなくてもいいのよ? だってここすごく遠いしね」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。何もすることがなかったですし、忘れることもできないんで」
口にした後で気づく。もうちょっと柔らかい返答をすべきだったか。
「うげっ!? こんなもの飲めないんだけど」
「おや冬至くん。そういえば二十歳になったんだっけ」
「はい」
「そうか。じゃお酒とか飲めるかい?」
「多少は、ですけど」
おじさんに手招きされ、縁側に座っている隣を優しくたたく。
近づくとどうやらお酒を飲んでいるようだった。
「ありがとうね、いつも会いに来てくれて」
「いえ、なんだかんだ楽しみにしている自分もいますから」
「そうかい」
酒瓶に手を伸ばすが先におじさんがそれをかすめ取り、飲み口を向けてくる。入れてもらうとこの透明な液体はどうやら好きになれそうな匂いだった。
「いいだろう、同じ名前だよ」
そういわれて少し悲しいような、と思えば多少の苛立ちが込みあがってくる。前言撤回す気になれそうにない。
いつか一緒にお酒を飲みたかったんだよね、なんていうおじさんはどこかもうこの状況に慣れ親しんでいるようだった。僕にはまだ隣に彼女が座っているような錯覚。
「名前ににあって綺麗な子に育ったと思うんだよね。冬至くんを連れてきたときはびっくりしたけど。この子も他の人と同じように恋なんてできたのかってね」
そんな綺麗なんて似合うような子だったのだろうか。どこか頭が足りていないのだろうかと思う、突発的なことを起こす。いつも迷惑をかけていた。でも幸せそうだった。そんな表情が好きだった。
おじさんはたばこに火をつける。
煙は月に吸い込まれる。
まだ飲めるような気がした。
朝起きるとまだ体の中にお酒が残っているのか、昨日のように簡単には起き上がれなかった。何かお腹に入れる前に一度吐き出そうかと考えるが、もったいないような気がしたのでやめておく。
朝ご飯が用意できたとのことなので。
「明日お祭りなの、冬至くん行ってみる?」
「冬至! へたくそ!」
残念なことにぬいぐるみは倒れなかった。残念賞ということで小さなストラップをもらった。いらない。別のものをつけているため、これは一緒についてきてくれた親戚の子にあげた。どうやら熊のストラップを気に入ってくれたようだった。
「お兄さん優しいんですね。最初はすごい怖い人だと思っていました」
「ひどいね」
「お兄さん目が死んでいるんですよ、目が」
相も変わらずきつい言葉ですね。
「響ちゃんは変わらないね」
「お兄さんこそ変わらないですね。去年以外毎年ちゃんと来てくれてますし。姉さんも幸せ者だと思いますよ」
そんなもので幸せなのだろうか。俺は昨日から続きお酒を片手に屋台のたこ焼き屋らフランクフルトやらを簡易テーブルの上に広げている。
未だに夢を見る。夢を抱いてしまう。そのうちいつかひょっこり帰ってきていつも通りにうちに入り浸ってゲームをするだけして帰っていく彼女の姿を。電車の中で大きないびきをかきながら寄り添う君を。自分と同じようにキャンパスライフを味わい、大人な日々を過ごすことを。同じ幸せを味わうのを。それだけのことなのに。
「なんだか未練たらたらですね。おじいちゃんとおばあちゃんは来てくれてすごく嬉しそうだけど。私はそんなに嬉しくないかな。お兄さんいつもここにくるとつらそうです。すごくここじゃないどこかを見ています」
「そうかな」
「そうです」
お酒を口に運ぶ。
このお酒はあまり飲める気がしなかった
「また遊びに来てね、絶対に」
手を合わせる。
端っこの方に立っている自分はあまりすることがなかった。準備もお墓を洗うのも全て親戚の方々がやってくれていた。自分は遠くから子供から目を離さないようにし、響ちゃんと遠目で見ていた。花もあげた。あとは置いていくものを置いていくだけだ。
親戚の方々は帰ろうと荷物をまとめて去っていく。気を利かしてくれたのか。
お酒とたばこを墓前に置く。
君と過ごすはずだったものだよ。このお酒の甘さも苦さも、たばこの体の悪さも、この後僕が過ごす一瞬一瞬は君と過ごすはずだった日々だよ。
一年経ったら忘れるだなんて思っていた自分が嫌いになるよ。まだまだ君との生活が体から離れないや。どれぐらいかかるんだろうか、それともこのままなのかな。まだ先に進んでいてよ。もうちょっとこの気分を味わってからそっちに行くよ。
「大好きだよ」
椿の匂いがした気がした。