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秋雨明け。岬は新しい季節の中にあった。

 スミエはゆっくりと、人差し指と中指を唇にあてた。大く肩が上下して、僕にはそれが、指から自分の身体に息を吹き込んでるように見えた。すると次の瞬間に、僕らの頭の上のねじくれた雲たちが一気に雨を降らせ始めた。僕とスミエは一瞬でずぶ濡れになった。


 雨は夏草を本当に短い時間だけジャワジャワと鳴らしていて、降り始めた時と同じように唐突に止んだ。ずぶ濡れのスミエが、ずぶ濡れの僕を指差して笑った。僕も、前髪をかき上げて笑った。それから彼女は言った。風を隔てて遠くで大声を出すような不思議な響き方だった。

「あのね、わたし行かなきゃならなくて、ここには何一つ残していけないの。本当に、何一つでさえも。でも──」


 そのときに、足元の草を全てめくり上げそうなほどの、強烈な風が吹いた。耳が空気の殴打おうだに塞がれる。けれども僕の目は時間の次の一点に集中して、スミエの唇が最後に動くのを捉えた。




   ──たのしかった じゃあね!




 そしてスミエの身体は、舞い上がるようにして足元から変化を見せた。彼女の身体は黒と白の木の葉みたいな群れに分解し、それは小さな竜巻に巻かれるように、細長く渦を巻いて上へ上へと昇った。驚いた僕がそれを見上げていると、やがて木の葉のような群れは空高くまで上がっていって、海の先で流れる雲に混ざった。


「 ス ミ エ!」

 僕はそう叫んで、それからソファーの上で目を覚ました。




 静かだ。僕は何か心を揺さぶる夢を見ていた気がする。けれども、その内容は何一つ思い出すことができなかった。何一つでさえもだ。


 それほど長い時間眠ってはいなかったと思う。身体がすっきりしていた。僕は窓から明るい原っぱと空の景色を見て、それから奥の叔父に声を掛けた。


「それじゃオジちゃん、また来るから」


 こんどは誰かと一緒に来るのも良いだろう。僕は今日、一人でここに来た。




 外に出ると、風が新しい季節のものに変わっているような気がした。空はカラッとした秋の晴れ模様だ。叔父が見送りに、玄関から顔を出した。叔父も空を見上げ、そして言った。

「あー、こりゃすっかり秋雨明すめあけだわ」


「なんだっけ? それ」


「だから、秋の梅雨明つゆあけさ。雲が退いて冷たい風が吹くんだわ」


 僕は車に乗り込み、叔父に手を挙げて別れの挨拶をした。

「スメアケ⋯⋯」


 手を伸ばして助手席のレバーを引き、寝ていた背もたれを元に戻した。その瞬間、不思議な感情の切れ端が心の中で跳ねた。⋯⋯季節の変わり目には、時々そんなことが起こる。


 僕はイグニッションをひねり、道幅一杯でUターンして街の方に走り出した。岬はすでに、新しい季節の中にある。

 季節の変わり目に短いお話を書きたくなることがよくあります。今回は前から持っていた場面の断片に、頭と尻尾の一応の文章を与えてやることができました。‬


 鉄砲や魔法で激しく撃ち合うような物語が流行のようですが、私はどうも得手ではないようです。もっとシンプルな、時間の流れの小さな溜まりのような作品を書いているのが好きで、しばらくはこのような性向が続くのではないかと思います。


 読んで頂いた皆さん、本当にありがとうございます。次回も一層心地の良い時間を過ごして頂きたく、そのお供をするにはどうすれば良いかと頭を捻り、またお話を書いていく心づもりです。新しい素敵な季節が、皆さんの元へやって来ますように。‬──KAIZOKU

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